Atelier de オジィ

ひろオジィの作業小屋雑記帖 

やっぱり走り難い

バンナ公園遊歩道とか一応走れる程度の山道を走るのを好むことは何度も記事にしておりますが、路上の障害物?に季節を感じるわたくしです。

先週画像ですが、嵩田林道。落花しているのはクチナシ。こちらの(山野に生えている)クチナシは花弁が細く、まさに風車のよう。純白の花も落花するころには黄色っぽくなります。

クチナシの道だ

これは本日バンナ公園内。黒い実が沢山落ちている。これがあちこちにある。

タブノキの道だ

黒い実の正体は「タブノキ」で、八重山地域にはどこにでもある。

タブノキの生きた枝だ

一般的には早春に開花し、夏にかけて実をつけるということだが、これは単に開花が早かったのかな?
    19:55 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

春分の日

先日の春分の日は暖かく、正午前のバンナ公園はたくさんの人が歩いたり走ったりしている・・・私もその一人であった。

この日は北口から公園を大きくぐるっと右回り、すなわちまずは東を向いて走り出し、南東側の歩道を行く。広いし走りやすい。

バンナ南東側1

この歩道沿いの芝生面には3月頃ナンゴクネジバナの花が咲く。もうそろそろ終盤。

バンナ南東側2

南側の道路に向かって急坂となるところに大振りな花をつける木(植栽)があるが開花しているのは端っこの1本だけ。

バンナ南東右折

南側のさらに大きな道路をゆくと、左右にセンダンの大木があり、良い香りが漂う。

バンナ南側のセンダン大木

センダンの向かいにある、これも大木だが金茶色とでもいうのか輝く新芽がとても美しい。

センダンの向かい

後半の公園西側から北口に戻る道は、車道ではなくて少し山側を通過する。やはりセンダンは多く、場所によってはセンダンの落花絨毯の上を走ることになる。

公園内センダンの道

モダマの古いツルが残る小さな谷。

公園内もだまの谷

バンナ公園名物のセイシカやリュウキュウアセビはもう盛りをすぎているが、次々と植物の開花を楽しむことができる。天候が良ければそれら花々の周囲に多くの種類の蝶が観察できる。

この日(21日)は「八重山の海びらき」。天気はまあまあだが北風強く寒く、海開き会場でオープニングにビーチに飛び込む子供たちのことを心配させるほどであった。
    06:29 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

滝っていっていいのか

西表島に行ったことのある人は誰もが訪ねるかもしれない浦内川のカンビレー滝マリウド滝。ちょっとオプショナルツアーでピナイサーラの滝。さらにがんばってユツンの滝・・・あまり知られていないものまであげてゆくときりがないほどで、それも結構な規模である。

で、石垣島に滝ってあるんですか~

って聞かれたらまず「荒川の滝」が有名でしょうか。とはいえ、ここも米原海岸で海水浴した人が塩を洗い流すために立ち寄るメイン「荒川の滝」のある場所よりさらに川をさかのぼればいくつかの滝があります。それはいずれ紹介するとして

於茂登岳の登山道を登り始めてほどなく、「滝」はこちら、との案内板があり、すぐに滝にたどりつきます。

昨年から降水量は少なくはなく、滝の水量は多い方だとおもいますが、先月末の様子。

於茂登の滝1

これは前回記事の帰り道、雨の夕暮れ時。先週ですがさらに若干水量は増えている感じ。

於茂登岳の滝2

ここは滝の下部がカエルの産卵場所としても有名で冬の寒い時期に、しかも夜間に自然観察会が開かれたりするほどの場所でもあります。

さて、滝ついでにこんな可愛いのもいかがでしょうか
(落差2mほど)

バンナの滝

これはバンナ岳の旧登山道中盤にある小さな滝、というかなんというのか

石垣島の河川にもちょっと上流までさかのぼればなかなか味わい深い渓流風景があるのでした。


    18:19 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

雨の森

「雨」の降っている風景を描いた画といって思い浮かぶのは、広重などの浮世絵でまさに大粒の雨が黒い線として描かれているものである。西洋絵画でも印象派にはいくつかあったような気もするがそんなに多くないのでは・・・

音楽ではどうかな

雨の庭(ドビュッシー「版画」)
雨の○○○・・・歌謡曲ポップスにはいくらでもあるので改めて列挙しない

沖縄の観光は海あっての風景がポイントでしょうから、雨が降るとともかく魅力は半減するのはわからないではない。単に隆起サンゴ礁の上から海を眺めるにしても特に冬の北風吹きすさぶ荒海に崖の上に立ってもあんまり楽しくない。
しかし、天気が良くないだけで心の底から残念がる人々を見ると、雨天時や曇天時にもボクは楽しいんだけどな・・・と思ってしまう。でもこれは自分がそうなだけで、一般的には「風景を楽しむ」点では残念だといえるだろう。

今日は普通の雨天時の話であって台風のことは念頭にないことを前置きして本題だが僕は「雨の森」がとても好きだ。
特に2月から3月にそれほど冷たくない雨が降る、あるいはさっきまで降っていたような新緑の森を歩くのが。

写真を撮ると雨が降っているように見えないが、下の画像は少し前の夕方バンナ岳(公園内の遊歩道ではなく、旧登山道つまり山の中)。
居並ぶ背の高い樹はオキナワウラジロガシである。

inthewood1

inthewood2

これは別の場所だが、かなりの山奥(於茂登岳ですが登山道を外れた谷です)、先週の木曜日午後のこと。
実は相当な斜度のある谷間で、大雨が降れば渓流になりそうなところ。同一場所から下方、上方を見たものです。

inthewood3

inthewood4

もともとこんな草深い山道が大好きな私ですが、この日は弱い雨が蕭々と降って最高に美しい、と長居をしてしまいましたら、その後予想外に雨脚が強まり、山を下りるころにはドシャ降り、長靴の中に水が溜まるほどのずぶ濡れ。気温が高かったので平気でした(のはその日まで)・・・

そして

わたしはいま♪(今井美樹 PRIDE)

滅多にない風邪を引いてしまい午後からお休みです。
    19:51 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

第25回やまねこマラソン

昨日2月10日(土曜日)日帰りで西表島の「やまねこマラソン」に参加しました。3年前、初めて参加した本大会ですがどうも年間スケジュールに入ってしまったようです。

今回は自分としては初めてですがカメラを持って走りました。後半は思いのほかバテてしまってゴール近辺の画像がありませんがやまねこマラソン23kmのコース雰囲気が伝わりますかどうか・・・

以下、随時撮影した画像でご紹介します。
やまねこマラソンは西表島西部の上原小学校をスタート・ゴールとします。午後のスタートですので石垣島からの日帰りが可能です。まずは小学校の体育館(画像左)へ。

2018YM01

今回西表島への往路(石垣からのフェリー)は至近の上原港でしたので余裕で早く着いた・・・つもりでしたが皆さん私以上に早めに着いたようで会場は既に受付をすませて休んだり何か食べたりしている人でいっぱい。

2018YM02

正午過ぎには開会式。ゴール地点の表彰台はヤマネコに占拠されています。

2018YM03

23kmスタート直前。

2018YM04

スタート後1km地点。着ぐるみ族に次々追い抜かれる。クソ!写真撮ってやる!!
あわもり君やて

2018YM05

浦内川を渡ります。橋の左右に雄大な景色が広がります。

2018YM06

橋から上流側。ここから遊覧船で軍艦岩まで行ったのはもう25年以上前のことだ・・・今日は行きません

2018YM07

その後干立部落を経てやがて10km地点、折り返しの白浜に至る直前にトンネルがあります。トンネル入り口前。いうまでもなく速いランナーはもうとっくに復路でトンネルから飛び出してきます。

2018YM08

やまねこマラソン23kmコースの白眉(?)トンネル内走行。途中一瞬足元がわからないくらい暗くなるがやがて出口が見えてくる。往路はトンネル内がゆるい下り坂なのでみんなすごく快調に走っているようにみえる。

2018YM09

折り返し地点の白浜。子供たちやお年寄りの応援も盛大。
このあとまたトンネルに入りますが今度は登り坂なので結構タイヘン。

2018YM10

トンネルを抜けるとずいぶんゆっくりとカミさんがやってきた。通過後に背中から撮りましたが後ろ姿は走っているようには見えません。

2018YM11

浦内川まで戻ってきた。今度は河口側を望む。素晴らしいマングローブ林。

2018YM12

この頃から天候が激変し上原便は欠航、制限時間ギリギリで戻ってきたカミさんと大慌てで大原行最終連絡バスに飛び乗ったのでした。
    14:56 | Trackback : 0 | Comment : 2 | Top

宿屋からの100%勇気

昨日の続きです。
ゲルネ&エッシェンバッハのシューベルトにつきもうひとつ書いておきたいですが、「冬の旅」

この曲集で最も美しく感動的な部分といえば、20曲(道標)から21曲(旅宿)であると言っても多くの方は頷かれると思うが、特に21曲の Das Wirthaus は歌詞の内容も、メロディーも伴奏も文句なく素晴らしい。

宿に泊まる(お墓に入る、すなわち死ぬこと)を拒まれた旅人は、杖とともに旅を続けるべく宿屋(墓場)から歩みだすわけだが、最後の節の楽譜はこうなっています。

旅宿末尾

(楽譜では第一段の最後部分から)
まあいい、それなら旅を続けよう 僕の頼もしい旅杖よ
が2回繰り返される。その1回目前半で一度 cresc. 記号、(一度 p に戻る)1回目の終わりにさらにクレッシェンド記号がありさらに2回目の冒頭にはもう一度 cresc. と旅を続ける決意が力強く響く。
ここは歌詞の内容を考えても少なくとも歌唱部分については最後に向けてクレッシェンドしていくのが自然だと思うが、多くの演奏が必ずしもそうではない。むしろ最後の mein treuer Wanderstab でデクレッシェンドして(それは1回目の一度 p に戻るという指示が念頭にあるのだろう)良く言えば沈潜していく風に終わる。

比較的新しい録音や演奏では最後に向かって力強さを増す、が多いように思われるが、それでも後奏のピアノ部分はおおむね冒頭の静かなムードに戻る演奏が一般的のようである。
ところがゲルネ・エッッシェンバッハ盤では歌唱が大きなクレッシェンドでほとんどフォルテに達して終わるだけでなく、末尾のピアノ伴奏も最後までフォルテ!しかもこれが決してフォルテッシモにならない、というか鍵盤叩きすぎ強すぎに決してならないまさにギリギリのところで、最後の一音まで含めてこの曲の本当の姿や(曲集における)意味が伝わってくる。
この演奏を聴けば続く「勇気」(これが「から元気」と適切に訳されていることも)の意味がわかろうというものだ。
そしてつかの間のから元気を過ぎると太陽が3つみえちゃう殆どホワイトアウトした世界に戻り、その冬景色の先に辻音楽師が見えてくる。

最後にこの部分の自筆譜です。

旅宿末尾自筆

    07:03 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

水車小屋の娘に

前回記事で画像を紹介したゲルネのシューベルト歌曲集は、実はボックス化に先立って3大歌曲集以外のものは既に殆ど所有していた。ボックス化されると、未聴のものをバラで買うより安かったので重複するけどボックスで買いなおした。

ゲルネの歌唱で3大歌曲集(美しい水車小屋の娘・冬の旅・白鳥の歌)を聴くのが結果として最後になったのは、3大歌曲集は他の歌手で良く聴いていたのでそれら以外のシューベルト歌曲を知りたかったという理由である。
実は大学時代、「美しい水車小屋の娘」全曲を(学内でのサークル的演奏会で)某ドイツ文学専攻の先輩の(学内のシュミ的リサイタルで)伴奏をしたことがあるので、この曲集はほとんど歌詞をそらんじているほどだ。それもあって本当に長い間改めて聴こうと思ったことがない。それに(当時はそうは思わなかったが)旅する粉屋が水車屋の娘を好きになっちゃったけどあっという間に猟師に奪われちゃって粉屋の青年は小川に突っ込んじゃってしんじゃった・・・って何ですか???みたいな、要は歌詞の内容があまりにナイーブ過ぎて困るわという固定観念に囚われていたのである。

そんなわけでン十年ぶりにゲルネのCDで聴いたわけですが、これが自分でも驚くほど素直に全曲通して聴き、改めてこの曲集の良さを少し理解したような気がします。
最初に聴いた時、思わずこれは!?と身構えなおしたのは第5曲 ( Am Feierabend 仕事終いの夕べに)で、娘にいいとこ見せたいけど自分の腕はよわっちくて小僧並み。仕事を終えてみんなが座っていると親方は今日もよくがんばったといい、娘さんはおやすみなさい、といってくれる という自分に対するイライラや、仕事を終えた集まりでの様子が歌われる。
この曲をほとんどテンポを変えずに一気に歌ってしまうのだ。中盤で(仕事を終えて車座に皆がすわる・・・)または娘さんがおやすみなさいという、という部分では普通テンポがやや落とされるのだがむしろせかすように音楽が進行し、この時点ですでに曲集が粉屋の悲劇をはらんでいる。
後半の一瞬かわいらしいラウテの緑のリボンから「猟師」「嫉妬と自負」とほとんどアタッカで進行する部分も同様、この曲集が最後から2番目の「粉屋と小川」に向かってガケを落ちて行かんばかりの勢いだ。
私の印象では、ゲルネとエッシェンバッハによるこの曲集は、すべてが「粉屋と小川」の末尾(すなわち粉屋が死ぬ)に向かって進む、ということである。そして最後の「小川の子守歌」が延々10分ほどにわたりゆっくりと歌われるのはまさにそれまでのストーリーとは別の、というか違う場所で歌われているかのようだ。

最後に、伴奏のエッシェンバッハにつきこのCDでの(私が)最も印象付けられた部分について記し、エッシェンバッハへのオマージュを捧げたいと思いますが、最後から2番目の歌「粉屋と小川」の最後の2小節です(もちろんここはピアノ伴奏のみ)。

粉屋と小川の末尾

この曲の最終節では(粉屋の)「ああ、やさしい小川よ、歌ってくれ」という小川への呼びかけで終わる。つまり詩で直截に粉屋が小川に首突っ込んで死んだ、なんてことはもちろん書いてない。
歌唱が終わり、ピアノによる後奏がそれまでのような音型で静かに終末に向かうのであるが、最後の3音(32分音符の2音と最後の和音)がかすかなニュアンスの強調がなされる。武満さんの某ピアノ曲の指示にならって「静かに、残酷な響きで」といいたいほどで、ここで粉屋が息を引き取ったと感じさせるに充分である。

すると最終曲(小川の子守歌)がこの世を離れたかのような、別の場所からのように聴こえるのは至って自然ななりゆきであろう。

    07:31 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
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Author:ひろオジィ

石垣島のひろオジィ 
オジィと称しているがおじいさんではなくおじさん。

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