Atelier de オジィ

石垣島パパイヤオンラインWeb管理人ひろオジィの作業小屋雑記帖 

ロックだぜ

今日は何の日?というのはごろ合わせでイロイロありすぎて結局どうでもいいんだが、昨日(6/9)はロックの日、でもあったらしい。人の生き方、というか生活作法等に関し、賞賛の意味を込めてロックだぜ!とかパンクっすね!とかポップだね!などの音楽ジャンル用語が用いられることを聞くこともあるが、バロックだぜ!とかは聞いたことありませんね。

何の話だ・・・
そうだ、ロックな山といえば野底岳でしょう。

頂上直前のモウレツな急斜面から突然顔を見せる頂上はロックだぜ

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三角点だぜ

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頂上は巨大ロック大集合、そのはざまから輝く海。

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大きな岩によじ登れば周囲の海はこの上ない絶景である。

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野底林道の、野底岳の少し東側にあずまやがあり、ここから見ると岩場の山頂というよりも周囲の深い緑の森とひとつづきだと思わせる。

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あずまやから北部を見ると、石垣島の最北部ダムである「大浦ダム」の湖面が見える(ことに初めて気が付いた)。
画面中央に、小さく見えています。

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前回記事に書いたとおり、先日おもと岳のふもとタケダ林道でクジャクに遭遇していささかショックでしたが、野底林道の東側(終点近く)でも2羽のクジャク(雌雄であったのでペア、といえるのかもしれない)を目撃。もうクジャクは石垣島北部まで来ていることを知りました。
    11:20 | Trackback : 0 | Comment : 4 | Top

自然を守ろうといっているが

夕方、於茂登岳登山口のある嵩田林道(正確にはおもと山側は嵩田農道、南側の道が嵩田林道)を通って帰る。単なる遠回りだが、自然豊かで例えばかなりの高確率でカンムリワシに遭遇できたりする、私のお気に入りの道である。

GWも終わり、すっかり静かになったことだろうと日没直後の林道にバイクをゆっくり走らせるとさっそくアカショウビンの鳴き声や、意外にも既にセミの声も賑やかである。
しかし登山道入り口まで来るといったいどうしたことかと思われる奇妙なオブジェが・・・オブジェちゃいますね

不法採取監視机

市役所の担当職員は昼間ここにパラソル広げて座っておられるんだろうか

不法採取監視

沿道のあちこちにこのような見苦しい看板が何枚も掲げられて興醒めすることこの上ない。

この先登山道入口エリアにはかなり広い駐車可能エリアがあるが、そうではなくてここらへん(駐車スペースみたいなところは、まあ無いといってよい)に車を停めてから歩けということか。第一これはどなたが設置したものだろうか。

車両進入遠慮せよ

ヤレヤレ感を感じながら林道を進むと、目の前に現れたのはカンムリワシでもセマルハコガメでもなく、クジャクであった。ついにおもと山のふもとまでクジャクは侵入してきていたのか。しかも林道通過するだけで2か所3羽のクジャク。
ネコもいました笑←笑いごとではない

林道のねこ

「石垣島の自然を守ろう」というのは単にアサヒナキマダラセセリ採取監視することなのか。
侵入するクジャクや、人慣れしたノラネコ(だと思うが)、さらにいえばこの林道のすぐ南に予定されている自衛隊誘致から、「自然を守る」ためにできることは一体何だろう。
    22:12 | Trackback : 0 | Comment : 4 | Top

新聞の切り抜き

昨日(4月14日)の地元新聞(八重山毎日新聞)に掲載された、不定期ではあるが連載形式?の小コーナー「石垣市の保全種」。

保全種14_Apr

昨年5月1日に施行された石垣市自然環境保全条例により、動植物につき「保全種」が指定され、保全種に関しては石垣市内での捕獲・殺傷(植物では採取・損傷)が禁止された。素案の提示内容時点から自分はかなり批判的(?)な見方をしていたが、結果として専門家の意見を含めた議論の跡が感じられない、ときに意味不明ですらある残念な条例だと思っている。

それはさておき、おそらく条例案作成にあたり委員であったであろう方々による保全種の紹介連載が始まったとき、最初の数回は記事を切り抜き保存していた。しかしそれこそ数回でやめた。

記事の内容がほとんど役に立たないからである。レッドリストカテゴリにならって言えばまさに「DD(情報不足)」。

たまたま昨日の記事を引き合いに出して筆者の方には申し訳ないけれども、画像はテツオサギソウの開花時期のものである。テツオサギソウは冬(11月から1月頃)に開花するランであるが、植物の(例えば)開花画像であれば、場所は控えるにせよ撮影時期くらいは書いてくれないと困る。年中こんな姿しているわけないんだから。
引き合いに出した上さらに申し訳ないけれども、この筆者は毎回最後に「石垣市の貴重な保全種のひとつです」と結ぶことにしておられるようだが、そういう記事なんだから字数の無駄であり、このぶん有益な情報を書いてほしい。

できることならその時期に沿ったもの(これから見頃のホタル記事も冬の最中だったな)でお願いしたいが、画像含めそれはなかなか大変なことであろう、であれば画像が撮影された時期とか、その動植物の活動が活発になる時期とか、もう少し読む人を野山に誘うような工夫をしていただけないものだろうか。(野山に捜しに行って欲しくないんか笑)

さて、石垣市に遅れること1年近くになるが先日4月1日から竹富町でも「竹富町自然環境保護条例」が施行された。こちらも特別稀少動植物の素案が出された時点から注目していたが、その内容(稀少動植物の指定)に関する限り良く考えられ議論されたように私にはみえる、おそらく委員長(琉大理学部の横田昌嗣教授)が南西諸島の生物多様性に関する専門家だからだと思っているがどうでしょうかね。



    07:32 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

蝶だらけの小路

やまねこマラソンで傷めた左足の違和感がなくなるまで3週間近くかかりました・・・ちゅうか単に3週間ランニングはお休みしました。

先週からボチボチ走ってますが、今日は久しぶりにいい天気になったのでこれまた超久しぶりにバンナ公園内を走りました。
セイシカの橋を渡ると花の盛りを迎えているのが(何度か登場していますが)植栽のリュウキュウアセビです。

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ほー満開やなー・・・でいつもは通り過ぎるんですが、今日はなぜか夥しい数の蝶。蝶に詳しいわけでもない自分が見ても10種類以上いましたね。
それにしても飛び回るモノを撮影するのは非常に難しい。蝶とか鳥とかを専門にされるカメラマンの方はよっぽど忍耐強いんだろうな、などと思いつつ数枚。キレイな写真はありませんが・・・

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最後の画像は「イシガケチョウ」で、バンナ公園の中でもよくみられる蝶のひとつです。この方がまたここまで寄ってもなかなか逃げない。いい根性してるのかドンくさいのかあまり好んで食べられない種類なのか笑




    21:43 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

親戚のおばさんの願いをかなえました

結婚してもう何年になるのか(すぐに出てこない)ともかく10年以上前のことですが、結婚したその年の年末、NAHAマラソンにカミさんも一緒に出たときの話です。
出場が決まり、那覇に住んでいる(カミさんの)オヤジの兄妹であるM姉に「一緒に出るからヨロシクね~」と電話したのち、しばらくカミさんとMおばさんは携帯メールでやりとり。中間地点でまずは応援するとか、その後石垣に戻るときはどうするか、とか・・・

そのうち、Mおばさんから「一緒に走るんでしょ」と聞かれたカミさん「ハ?まさかー!それぞれ勝手に走る。だいたい一緒に走ってくれるようなヒトじゃないし」などと一笑に付したらばMおばさん「私がたのんでもダメかね~」

どうもMおばさんは夫婦でマラソンに出る場合は一緒に走って一緒にゴールするのがフツーだと思っているらしい。

翌年からはMおばさんからそんな話は聞かなくなったし、頭の片隅にもなかった・・・

それがですね、結婚何周年なんだかわからないが(というかそんなこととは全く関係なく)2月11日(土)に開催された「やまねこマラソン」で

一緒にゴールしましたー♡

(なんか書いててはずかしい)

地元新聞をお持ちの方、昨日の順位表に並んででてますよー
昨夜、カミさんに「順位表で並んでるところM姉に写メして送ったれ」と提案しました。苦節ン年(???)こんな日が来るなんて想像もしませんでしたよ。Mおばさんはそれ見て泣いたどころか笑ったそうで何よりである。

さらに今回の八重山毎日新聞にはスタート直後のカミさんがばっちり写っててビックリ。「なーんで誰も手ー挙げてないのにカメラにアピールしてんだよ!」と言ったら、これは(カメラマンの後ろに)「知り合いが応援してて応えただけだ」とのこと。でも本人はさっそく切り抜いて台所に貼っつけた上なんかマスクが変だね、とか言ってる・・・

やまねこ2017スタート

ところで今回のわたくしは非常に体調も良く、2時間以内でゴールする(できる)つもりでした。10km地点で50分弱でしたので余裕だったはずが、折り返し直前のトンネルを抜けるあたりで突然太ももに電気が走るような衝撃を受け、転倒は免れましたが左足がケイレンして動けなくなりました。折り返しでリタイヤせざるを得ないと思いながらスプレーやマッサージをすること10分、速足で歩ける程度になったので帰路に戻ることにしました。

トンネルの出口でカミさんにすれ違ったので、歩いてでも帰るから速く抜いてちょうだい!と声をかけ、トーゼン15kmあたりで追いつかれるだろうと思っていたのですが、干立まで来てもまだ・・・なんて遅いんだ!と思うと同時にこれまた電撃のように思いついたのでした。
一緒にゴールする、という千載一遇のチャンス!

そう考えると、現時点で追いつかれると困る笑

必死で「あと1km」地点まで進み、そこで待ちました。
待つこと8分、ずーっとこんなにゆっくり走ってきたのか、といった感じでトコトコ・・・
「えー何してんの!?」

「待ってたんだよ」(ぷ)

めでたく並んでゴールしました。女性の中継アナウンスが「仲良くゴールでーす!」と叫ぶと俺の手を握って振り上げ笑顔を振りまき調子に乗るカミさんでしたが、自分はというと痛み最高潮でまさにムンクの叫びみたいな顔になっていたはずです。

まあ大変でしたよ。この大会で今季のマラソンシーズンは終わりました。(脚が痛いので)しばらくランニングお休みにしますわ




    07:09 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

ふゆーのたび

ふゆー とは

沖縄方言で「無精」とか「怠け」のこと。
ふゆーなー で「無精者」とか怠け者の意味。

ふゆーのたび・・・私は人生の無精な旅人なのかもしれない

なんてことを語りはじめるつもりは無くて、F.シューベルトの歌曲集「冬の旅」

もうずいぶん前のことになるが、ピアニスト内田光子さんがシューベルトを集中して録音したとき、最初に発売されたCDが即興曲集 (D899, 935) で、私は当時直ぐに買って聴いた。変奏曲形式の935-3(変ロ長調)の第二変奏7小節目の右手(下画像の左下小節)は全体が一オクターブ上で弾かれるようになっているが、内田さんはその小節の後半(同様音型の2つ目)を1オクターブ下で弾き、ちょっとダイナミックな跳躍というか、単一なメロディーの流れではなく重唱的?な感じがして大変新鮮で、私など「こう弾いたほうがいいじゃねえか」と思って以降自分で弾くときにはそうしている。

即興曲WUT

しかし自分が所有する数少ないCDでは他の方々は楽譜通りで、YouTubeで聴ける限りの他の演奏家も誰一人内田さんのように弾いている人はいない(ようだ)。するとこれは内田さんが「こっちの方がいいじゃないのッ!!」と勝手にやったことか。

と永年思ってきたことであったが、先日いきなり氷解した。
シューベルトの「冬の旅」自筆譜ファクシミリが閲覧できると知り訪問したサイトに、即興曲の自筆譜もあった!すぐにその部分を見たらなんということでしょう

即興曲自筆譜

なるほど「勝手に」なんて思ってごめんなさい。そういうことでしたか。

冒頭の印刷譜はウィーン原典版(校訂者はバドゥラ・スコダ)で、「自筆譜と初版にもとづく」とある。その「初版」までは参照することができずにいるし、初版の校正にシューベルト自身が関わったかどうかは(私は)知らないが、要するに初版由来の1オクターブ上、が延々生きてきたということだろう。
この楽譜には巻末に各楽曲に関して注解があり、スラーとかタイ、各種アーティキュレーションについて初版ではどうの、自筆譜ではどうのと書かれてはいるのだが、前述の点については一切記述なし。この校訂者はディアベリはじめ初版に関わったとされる「編者」の仕業について結構ボロカスに言っているが、だったら自筆譜をもうちょっと重視してほしいものだ。

さて、これから(以降の記事で)書こうとしているのは「冬の旅」をめぐって、になる予定?なんだが、冬の旅冒頭を比較してみましょう。

自筆譜(上記サイトから)

グテナハト自筆譜

ベーレンライター原典版

グテナハトBU

自筆譜冒頭の指示 in gehender Bewegung はどこいった
3,4小節目A音にかかるタイはどこいった
原典版2小節目最後から3小節目最初にかかるスラーはどこからきた

冒頭のこの部分だけで続々と謎が・・・
(シューベルトは冬の旅第一部に関しては生前に初版が出ており、その段階で校正、変更を加えた、らしいですが)

えーと私がこのあと書きたいのは「冬の旅」について、ですが、いきなり「原典版といえども楽譜は信用できない」みたいなことになってしまいましたのでまた出直します笑
    07:46 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

マラソンの途中で

今年の石垣島マラソンにはカミさんも24kmに出場しましたが、いつもながら「制限時間内になんとか戻れますように」モードなので、ほぼ最後尾からのスタートをした模様です。
私は走ったあとすぐに自宅に戻り、シャワーを浴びて農園に行きましたので、一応無事にゴールしたのかどうなのか確認できたのは2時間ほど仕事をして再度自宅に帰ったときでした。そこで聞いた話として、観音堂の先(実際は8km地点)キツい登り道の終わったあたりでランナーが倒れており、既に何人もの人が集まって心臓マッサージを施しており、そして救急車両も到着したので自分は心配ながら先に走っていった、とのこと。
私はこの話を聞いて一瞬良くないこと(最悪の状況)を考えてしまったが、その後そういう話も聞かなかったのでランナーはご無事であったのだろう、と思っていました。今朝の新聞でランナーが無事だったことはもとより、このような状況であったことを知り大変驚きました。

石垣島マラソン救命

既に呼吸も心拍も無かった上、(その後到着した)AEDの電気ショック2回目でようやく呼吸を再開したということだから、たまたま医師の気づきと協力がなければ無事ではなかったかも知れず、本当に嬉しく思いました。

福島から参加された病院グループの皆さんにも忘れられない大会になりましたね。どうもありがとうございました。
    06:58 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
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