Atelier de オジィ

石垣島パパイヤオンラインWeb管理人ひろオジィの作業小屋雑記帖 

蝶だらけの小路

やまねこマラソンで傷めた左足の違和感がなくなるまで3週間近くかかりました・・・ちゅうか単に3週間ランニングはお休みしました。

先週からボチボチ走ってますが、今日は久しぶりにいい天気になったのでこれまた超久しぶりにバンナ公園内を走りました。
セイシカの橋を渡ると花の盛りを迎えているのが(何度か登場していますが)植栽のリュウキュウアセビです。

2017Mar1201

ほー満開やなー・・・でいつもは通り過ぎるんですが、今日はなぜか夥しい数の蝶。蝶に詳しいわけでもない自分が見ても10種類以上いましたね。
それにしても飛び回るモノを撮影するのは非常に難しい。蝶とか鳥とかを専門にされるカメラマンの方はよっぽど忍耐強いんだろうな、などと思いつつ数枚。キレイな写真はありませんが・・・

2017Mar1203

2017Mar1202

2017Mar1204

最後の画像は「イシガケチョウ」で、バンナ公園の中でもよくみられる蝶のひとつです。この方がまたここまで寄ってもなかなか逃げない。いい根性してるのかドンくさいのかあまり好んで食べられない種類なのか笑




    21:43 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

親戚のおばさんの願いをかなえました

結婚してもう何年になるのか(すぐに出てこない)ともかく10年以上前のことですが、結婚したその年の年末、NAHAマラソンにカミさんも一緒に出たときの話です。
出場が決まり、那覇に住んでいる(カミさんの)オヤジの兄妹であるM姉に「一緒に出るからヨロシクね~」と電話したのち、しばらくカミさんとMおばさんは携帯メールでやりとり。中間地点でまずは応援するとか、その後石垣に戻るときはどうするか、とか・・・

そのうち、Mおばさんから「一緒に走るんでしょ」と聞かれたカミさん「ハ?まさかー!それぞれ勝手に走る。だいたい一緒に走ってくれるようなヒトじゃないし」などと一笑に付したらばMおばさん「私がたのんでもダメかね~」

どうもMおばさんは夫婦でマラソンに出る場合は一緒に走って一緒にゴールするのがフツーだと思っているらしい。

翌年からはMおばさんからそんな話は聞かなくなったし、頭の片隅にもなかった・・・

それがですね、結婚何周年なんだかわからないが(というかそんなこととは全く関係なく)2月11日(土)に開催された「やまねこマラソン」で

一緒にゴールしましたー♡

(なんか書いててはずかしい)

地元新聞をお持ちの方、昨日の順位表に並んででてますよー
昨夜、カミさんに「順位表で並んでるところM姉に写メして送ったれ」と提案しました。苦節ン年(???)こんな日が来るなんて想像もしませんでしたよ。Mおばさんはそれ見て泣いたどころか笑ったそうで何よりである。

さらに今回の八重山毎日新聞にはスタート直後のカミさんがばっちり写っててビックリ。「なーんで誰も手ー挙げてないのにカメラにアピールしてんだよ!」と言ったら、これは(カメラマンの後ろに)「知り合いが応援してて応えただけだ」とのこと。でも本人はさっそく切り抜いて台所に貼っつけた上なんかマスクが変だね、とか言ってる・・・

やまねこ2017スタート

ところで今回のわたくしは非常に体調も良く、2時間以内でゴールする(できる)つもりでした。10km地点で50分弱でしたので余裕だったはずが、折り返し直前のトンネルを抜けるあたりで突然太ももに電気が走るような衝撃を受け、転倒は免れましたが左足がケイレンして動けなくなりました。折り返しでリタイヤせざるを得ないと思いながらスプレーやマッサージをすること10分、速足で歩ける程度になったので帰路に戻ることにしました。

トンネルの出口でカミさんにすれ違ったので、歩いてでも帰るから速く抜いてちょうだい!と声をかけ、トーゼン15kmあたりで追いつかれるだろうと思っていたのですが、干立まで来てもまだ・・・なんて遅いんだ!と思うと同時にこれまた電撃のように思いついたのでした。
一緒にゴールする、という千載一遇のチャンス!

そう考えると、現時点で追いつかれると困る笑

必死で「あと1km」地点まで進み、そこで待ちました。
待つこと8分、ずーっとこんなにゆっくり走ってきたのか、といった感じでトコトコ・・・
「えー何してんの!?」

「待ってたんだよ」(ぷ)

めでたく並んでゴールしました。女性の中継アナウンスが「仲良くゴールでーす!」と叫ぶと俺の手を握って振り上げ笑顔を振りまき調子に乗るカミさんでしたが、自分はというと痛み最高潮でまさにムンクの叫びみたいな顔になっていたはずです。

まあ大変でしたよ。この大会で今季のマラソンシーズンは終わりました。(脚が痛いので)しばらくランニングお休みにしますわ




    07:09 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

ふゆーのたび

ふゆー とは

沖縄方言で「無精」とか「怠け」のこと。
ふゆーなー で「無精者」とか怠け者の意味。

ふゆーのたび・・・私は人生の無精な旅人なのかもしれない

なんてことを語りはじめるつもりは無くて、F.シューベルトの歌曲集「冬の旅」

もうずいぶん前のことになるが、ピアニスト内田光子さんがシューベルトを集中して録音したとき、最初に発売されたCDが即興曲集 (D899, 935) で、私は当時直ぐに買って聴いた。変奏曲形式の935-3(変ロ長調)の第二変奏7小節目の右手(下画像の左下小節)は全体が一オクターブ上で弾かれるようになっているが、内田さんはその小節の後半(同様音型の2つ目)を1オクターブ下で弾き、ちょっとダイナミックな跳躍というか、単一なメロディーの流れではなく重唱的?な感じがして大変新鮮で、私など「こう弾いたほうがいいじゃねえか」と思って以降自分で弾くときにはそうしている。

即興曲WUT

しかし自分が所有する数少ないCDでは他の方々は楽譜通りで、YouTubeで聴ける限りの他の演奏家も誰一人内田さんのように弾いている人はいない(ようだ)。するとこれは内田さんが「こっちの方がいいじゃないのッ!!」と勝手にやったことか。

と永年思ってきたことであったが、先日いきなり氷解した。
シューベルトの「冬の旅」自筆譜ファクシミリが閲覧できると知り訪問したサイトに、即興曲の自筆譜もあった!すぐにその部分を見たらなんということでしょう

即興曲自筆譜

なるほど「勝手に」なんて思ってごめんなさい。そういうことでしたか。

冒頭の印刷譜はウィーン原典版(校訂者はバドゥラ・スコダ)で、「自筆譜と初版にもとづく」とある。その「初版」までは参照することができずにいるし、初版の校正にシューベルト自身が関わったかどうかは(私は)知らないが、要するに初版由来の1オクターブ上、が延々生きてきたということだろう。
この楽譜には巻末に各楽曲に関して注解があり、スラーとかタイ、各種アーティキュレーションについて初版ではどうの、自筆譜ではどうのと書かれてはいるのだが、前述の点については一切記述なし。この校訂者はディアベリはじめ初版に関わったとされる「編者」の仕業について結構ボロカスに言っているが、だったら自筆譜をもうちょっと重視してほしいものだ。

さて、これから(以降の記事で)書こうとしているのは「冬の旅」をめぐって、になる予定?なんだが、冬の旅冒頭を比較してみましょう。

自筆譜(上記サイトから)

グテナハト自筆譜

ベーレンライター原典版

グテナハトBU

自筆譜冒頭の指示 in gehender Bewegung はどこいった
3,4小節目A音にかかるタイはどこいった
原典版2小節目最後から3小節目最初にかかるスラーはどこからきた

冒頭のこの部分だけで続々と謎が・・・
(シューベルトは冬の旅第一部に関しては生前に初版が出ており、その段階で校正、変更を加えた、らしいですが)

えーと私がこのあと書きたいのは「冬の旅」について、ですが、いきなり「原典版といえども楽譜は信用できない」みたいなことになってしまいましたのでまた出直します笑
    07:46 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

マラソンの途中で

今年の石垣島マラソンにはカミさんも24kmに出場しましたが、いつもながら「制限時間内になんとか戻れますように」モードなので、ほぼ最後尾からのスタートをした模様です。
私は走ったあとすぐに自宅に戻り、シャワーを浴びて農園に行きましたので、一応無事にゴールしたのかどうなのか確認できたのは2時間ほど仕事をして再度自宅に帰ったときでした。そこで聞いた話として、観音堂の先(実際は8km地点)キツい登り道の終わったあたりでランナーが倒れており、既に何人もの人が集まって心臓マッサージを施しており、そして救急車両も到着したので自分は心配ながら先に走っていった、とのこと。
私はこの話を聞いて一瞬良くないこと(最悪の状況)を考えてしまったが、その後そういう話も聞かなかったのでランナーはご無事であったのだろう、と思っていました。今朝の新聞でランナーが無事だったことはもとより、このような状況であったことを知り大変驚きました。

石垣島マラソン救命

既に呼吸も心拍も無かった上、(その後到着した)AEDの電気ショック2回目でようやく呼吸を再開したということだから、たまたま医師の気づきと協力がなければ無事ではなかったかも知れず、本当に嬉しく思いました。

福島から参加された病院グループの皆さんにも忘れられない大会になりましたね。どうもありがとうございました。
    06:58 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

1分速い

石垣島マラソン2017

昨日1/22に開催されました第15回石垣島マラソンですが、昨年同様24km部門に参加いたしました。
昨年同様冷え込みましたので、昨年同様の格好で走りましたらタイムも昨年同様・・・いいえ!昨年より1分速くて総合・年代別順位ともに昨年よりは僅か~に良かったのでした。

今回、自分は年々困難に感じる「キロ5分」をどこまでキープできるか、ということを念頭に置いてスタートしました。そこでいつになくスタート地点も前方に陣取り周囲にあわせて走りだしました。すると3キロ地点で相当苦しいためそこでようやく腕時計を見たらどうも周囲は4分30秒ペースだった模様で、これはどうなることやらと内心焦りましたがその後はなんとなくキロ5分になりました。その「なんとなく」が良くなかったのでしょう、ふと気が付くとキロ5分15秒とか30秒になり、結局10キロ地点は52分。
その後も自分としてはペースを保ったつもりでしたがやはり20km地点で1時間50分。その後はキロ5分をきれいに維持(笑)しての結果でございました。

さて、上の画像のメダル、完走証の後ろに敷いた布は参加Tシャツですが、大会前日にゼッケン配布スタッフの方が着用しているのを見て「放牧牛」かと思いましたら「上から見たヒトの群れ」でした。白黒の牛ってこちらでは見ませんもんねえ。石垣島マラソンのTシャツは(失礼ながら)毎年ほとんど着ることなくタンスにしまわれますが、今年のはブルーが美しく、生地がソフトで悪くないなと思っています。

さてこれから知人の結果を(新聞で)よ~く見なきゃ・・・



    07:30 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

にわとりとわし

新年あけましておめでとうございます。

にわとり風わし1

運動公園北のきせかえぱいーぐる君は大みそかの日からこうなりました。

頭部だけ見ると「ぼくはわしなんだけどまあしょうがつくらいにわとりのぼうしでもいいか」
ってかんじなんですけど、
全身を見ると「まんざらでもない」
みたいですな。

にわとり風わし2

来年が戌年だと思うと震えます(ボクは戌年・・・)

今年もボチボチ更新しますので月に1回くらい見ていただければ幸いです。
本年もよろしくお願いいたします。

    06:41 | Trackback : 0 | Comment : 2 | Top

モノレールに乗って

今年のNAHAマラソンはカミさんも出たので、用心(?)のため石垣戻りのフライトは最終の1便前、午後6時頃の便を予約した。結局カミさんは那覇の親戚宅にもう1泊したのでひとり真っ暗な石垣島に戻った。

以前(5年以上前)は自分だけエントリーするのが殆どで、前日の午後には石垣を出て走った後は即座に那覇空港に向かう、ということが多かった。午後3時から4時ころの便で帰れば(以前の空港だったから)一旦自宅に戻りまだ明るいうちにハウスの様子を見に行くこともできた。

当時は4時間以内で走っていたから、午後1時には奥武山グラウンドにゴールしており、着替えて最寄りの壺川からゆいレール(沖縄都市モノレール)に乗るのはまだ2時過ぎか。すると那覇空港へ向かうモノレールの車窓から道路いっぱいに大群というか大河のようになって間近のゴールへ流れこんでいくようなランナーたちを見下ろす格好になる。それはモノレールが奥武山を過ぎてほんの数秒のことだが、そのたびにとても不思議な感覚にとらえられる。

自分は少し前までそこを同じように走っていたはずだが、今はただ空港に行って飛行機に乗るのだ。「あと少しだランナー頑張れ」という気持ちもないし、自分はすでにそこにいないという感覚。このときだけ、自分の「時間」と他人の(ヒトでなくても周囲のいろいろな物事)「時間」はまるっきり別のものだと感じる。

マラソンを人生に喩える言い回しはよく聴かれるところではあるが、僕はこのときの感覚にだけその意味を理解する(ような気がする)。さっきまで必死に走ってきたマラソンとは既に別のところで、別の旅に出かけている自分、きっとひとは死んだらこんなふうにこの世から旅立つんだろう、と。死後の旅の暗喩(?)にゆいレールを引き合いに出して申し訳ないが、この感じは僕にはゆいレールでの一瞬、このときだけなのだ、これまでのところ。
    17:55 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
プロフィール

ひろオジィ

Author:ひろオジィ

石垣島のひろオジィ 
オジィと称しているがおじいさんではなくおじさん。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム
ブログ内検索
RSSフィード
リンク