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Atelier de オジィ

ひろオジィの作業小屋雑記帖 

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砂の中のスフィンクス

ロベルト・シューマンの有名なピアノ曲「謝肉祭」楽譜の第8曲と第9曲の間には、「スフィンクス」という3つの音型が記されており、「これらは演奏する必要なし」との注釈がある。

謝肉祭スフィンクス楽譜

これらは、非常に変化に富んだ小曲が連なるこの曲集を構成する基盤となる音型である。そこで、多くのピアニストの中にはこの部分をわざわざ演奏(録音)する人もいる。比較的新しい録音では、内田光子が低音部のオクターブで非常に深い音色で弾いていたり、ジャン・マルク・ルイサダはなんとピアノの弦をザッと引っ掻いてその後鍵盤全域を使ってこの音を弾いている。ルイサダの録音を聴いたとき、それがまるで砂をサっと吹き飛ばすように、そして砂に埋もれていた暗号(スフィンクス)が黄金色の輝きで垣間見えるような印象で、とてもいいと思った。


年季が入ってガタのきた電気ピアノとはいえ、今でもちょっとした時間があれば弾いてみる。とても人様に聴かせられるような技量は持ち合わせていないし、いつもヘッドホンをつけての巣ごもり(違うか)ピアノであるが、自分で弾くのはもっぱらバッハが殆どである。

ゴルトベルク第4変奏


楽譜はバッハのゴルトベルク変奏曲、その第4変奏。例えばこの部分を弾くと、この世界の、不可視の座標のようなもの、あるいは隠れた秩序(システム)を直観するかのような感覚が通り過ぎる。バッハの曲を好んで弾くのは、私でもゆっくりながらなんとか弾くことが可能な曲(部分)がある、ということもあるが、とりわけフーガやカノンを弾いてみるときの、宇宙の見えない座標みたいなものをそっと見せてくれるようなところがあるから、のような気がする。

世界に、既に書かれ、うたわれ、描かれたものたちは、未だに私たちの周囲に息を潜めて、見出され、読み解かれることを待ち期んでいる。(武満徹)

これは優れた芸術家ならではの、美しい言葉に思える。
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    07:48 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

アラウとの対話(みすず書房)

続けて音楽家の本の話。これはもう10年以上前に読んで以来、音楽家の書いた(これはJ.ホロヴィッツ氏による対談であるが)本のうちでも最も示唆に富み読むたびに感慨を新たにするような本、ジョーゼフ・ホロヴィッツがクラウディオ・アラウとの対談をまとめたものである。みすず書房から翻訳が出て、ひさしく絶版になっていたようだが、今はまた復刊したのか表紙が以前と違うものの入手可能のようである。
Conversations with Arraw

アラウの演奏と同様、聴き手(読み手)の心に静かにひびいてくるような話しぶりで、滋味深いとはこういうことをいうのかと思うくらい。聴き手ホロヴィッツがアラウの芸術を良く理解し、また深い敬意をいだいている故であろう。

今回はちょっと一部を紹介したいが、どこを紹介してもいいのであるがとりわけ「解釈」と題された対談の中に、まさにアラウの、そしておそらく本当に素晴らしい芸術家の解釈、といったものが語られているので以下に引用します。

「あの曲は彼にぴったりだ。」ドイツでも昔はよくこういわれたものですよね。しかし、それは解釈ではなくて、自分自身を地で演じる役者のようなものですよ。私が聴いたオーケストラによるドビュッシーで最もすぐれていたのは、フルトヴェングラーの指揮によるものです。フランス人の指揮者ではありません・・・(中略)・・・フィッシャー=ディースカウの例をお話ししたほうがいい。先日彼がヴェルディを歌っているレコードを聴きました。まさに目がひらける思いのする歌唱でしたよ。しかも彼はシューベルトでも、ワーグナーでも大歌手なのです。・・・(略)・・・私にとっては、あれこそ解釈というものです。さまざまに異なる世界に沈潜できる能力をもっていなければなりません。・・・

この本はさらに、アラウがとりわけ深くかかわってきた、ベートーヴェンやリストなどの具体的な作品を通してアラウがその音楽の本質に迫っていく。

    20:29 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

リヒテル~謎~

ここ数日天気は良くないがそれでも12月とは思えないくらいの暖かい日が続いていた。今日はどんどん気温が下がってきて、朝は上着にTシャツだけでよかったのに今はウインドブレーカーをはおっている。午後からは北風が強くなってきて、風にごく小さな雨粒も混じる冬の天気に戻りつつある。
先月受けた健康診断でお医者さんに「尿酸値がちょっと高いですね~ビール飲みすぎかもしれないね~」といわれたこともあり、最近はややアルコール抑え気味な夜をすごしているので、いつもは布団に入ると数十秒で眠ってしまう私も意外に長時間読書してたりして・・・

リヒテル(筑摩書房)

最近読んでいるのは上の写真にある筑摩書房「リヒテル」(ブルーノ・モンサンジョン編)。これは以前大学時代からの友人S氏が同タイトルのDVDをプレゼントしてくれて、それは強烈な印象を受けたものであるが、本も出版されておりこちらにはリヒテルの音楽ノート(自分の演奏録音やコンサートなどのメモ)が後半にあってDVDとは内容的にはほとんど別物といってもよい。

リヒテルは(存命中に2回実際に来日公演を聴きに行ったことがあるが)見てくれはブアイソであったし、舞台を暗くして演奏するのでかえって自分が神経質になってしまうようで、音楽を楽しんだという印象はあまりない。インタビューなどもこの本(最晩年の2年間である)以外にはほとんど見たこともないので、何枚かの彼のCDはこの上なく大切なものだとは思ってはいるが結局ナゾの音楽家なのであった。
DVDのタイトルにはナゾ~エニグマ~とあって、まさに一般的にも謎のピアニストであるのだろう。そしてDVDには興味深いエピソードやフィッシャー・ディースカウとの共演をはじめ多くの音楽家との演奏もあって素晴らしいものであるが、リヒテルその人についての謎は却って深まるばかり、という印象であった。

私個人的にはこの後半部分を読んでナゾがいくつか解けた、というか、リヒテルの音楽に対する感情の一端が垣間見えた気がした。音楽ノートはさすがに音楽に対する/演奏に対する感想や感情が直截的に書かれていてとても面白い。余りにキツい冗談(本人は冗談で書いてはいない)のような話に何度も吹き出した。引用は控えますが・・・ちょっと高価な本ですが、リヒテルの音楽に一度でも惹かれたことのある方には心からお薦めしたい本です。ついでながら、この表紙のリヒテルの写真(DVDも同じものを使用)は本当に素晴らしい。グレン・グールド晩年の、折り畳み椅子に後ろにひっくり返りそうに座っている(ブラームスのアルバムでしたか)写真と並んで印象的です。
    23:47 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

風と海と空と - EPOさんへのオマージュ

おとといの夜はすけあくろという名の小さなライブハウス(JAZZバー?)にEPOのライブを聴きに行った。実は私はEPOの大ファンなのである。CDは全部聴いているし、4年前に同じ場所でライブしたときも勿論行った。すけあくろは満員、とはいっても60人くらいだろうか、それにしても殆ど内地からの移住組、ってな感じのお客様ばかりなのは仕方ないか。

今回はショーロクラブの笹子さんがギターでご一緒で、何が驚いたって、私はギターがこんなにもスゴイ楽器だとは初めて認識した。演奏中EPOさんより笹子氏に目が釘付けになっていたかも?。今回は昔懐かしい曲(というか昔の曲しか知らないヒトが殆どであろうが)DOWN TOWN や、音楽のような風、なども多かったがまるで新しい曲を聴くように新鮮に響いたのはアレンジだけでなく笹子氏のギター演奏によるところも大きかっただろう。

最近はセラピストとしての活躍もしているEPOさんは、当然のようにヒーリング的な感触の曲に精力的に取り組んでいるように見える。アクアノームという最近の一連のシリーズから2曲演奏があったが、静かな海の底、あるいは光に満ちた水中を漂うような雰囲気がある。

今回のタイトルにある、風と海と空と は、明日24日発売の新曲で、これは本人いわく沖縄への感謝の気持ちを込めて長年あたためてきた曲であるとのこと。南風原(はえばる)とか沖縄の具体的な地名まで出てくるシンプルで楽しい曲であった。

私がたぶん一番好きなCDは、DANCE というCDで、もう10年以上前のものであろうか。これはジャケットが沖縄で撮影したな、と察することができはするが、歌詞に沖縄のキーワードが出てくることは無いし、サンシンなどのオキナワンサウンドが直接的に使用されることも全くない。にもかかわらず、これは世の中の数多い音楽CDの中でもおそらくもっともオキナワンテイストに満ちていると私は思う。それも、沖縄の風、土、日差しや闇といったものが昇華されたイメージで。私はEPOにとっての沖縄へのオマージュはこのような形で表現されたことに強い印象を受けていたので、その意味では今回の新曲が直截な表現をとっていることにかなり驚いた。

いろいろなアーティストたちとのコラボレーションでますます多彩な活動を広げているEPOさん、次回のご来島を楽しみにしておりますが、仕事柄いつも夜10時前には寝てしまう私、9時開始の11時半終演はキツイねー。でも店がまだ開いてない開演の2時間前に行ってお店のヒトに笑われるほど楽しみにしているファンがここにもおりますので、また来てください。
    12:19 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

バッハのロ短調ミサ曲

先日の梅酒の記事のなかにバッハのマタイ受難曲が出てきましたので、今日は久しぶりに音楽の話題にします。今夜はゴーヤーチャンプルーを食べながら聴いていたのはバッハのやはり大曲、ミサ曲ロ短調です。フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ。1989年のライブとなっています。
ブリュッヘンロ短調ミサCD

この曲もまた、リヒターや新しいところではガーディナーなど名盤に事欠きませんが、私がよく聴くのがこの非常に鮮やかで美しいブリュッヘン盤です。特に前半の終わり部分、生き生きとしたバスのアリアから合唱 Cum Sancto Spiritu にかけてはこの演奏の聴きどころ(と自分は思う)、途中で2度アーメンという合唱があるが、ほとんど叫ぶように歌われるのを聴くと、私は、ああ、人間はこんなふうに叫ぶように祈る、あるいは神を賛美するのか、と宗教心とは無関係に感動する。最後のトランペットの早い三連譜も鮮やかというほかない。

ロ短調といっても多くの曲がニ長調で、終結もニ長調の素晴らしい合唱である。バッハのマニフィカトもまた大好きな曲であるが、これもニ長調で、バッハのニ長調の快活な音楽は、フランスの作曲家オリヴィエ・メシアンに倣って言えば喜びの精霊のまなざし、とか星の血の悦び、というか、喜びに満ちた、精気にあふれたものが多い。このミサ曲の後半6曲目の Et resurrexit など喜びが爆発するようで素晴らしい。

さて、先日のマタイと関連して余談であるが、このミサ曲のCDがあんまり見事なので、後日リリースされたブリュッヘンのマタイ受難曲は直ぐに購入したが相当期待ハズレだった。なんといっても福音史家がまるで他人事みたいな進行で、あわせてあっさり淡々と進む音楽は全体として結局ヒト事みたいなのであった・・・。
    21:42 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

Visions in Time

Visions in Time 表紙

既に没後10年になる作曲家武満徹氏の、多くのエッセイなどから抜粋され、また関わりのある絵や楽譜などを添えて編集された本が出版された。かつて既に読んだことのある文章が多いが、ゆかりのある写真などにより改めて新鮮に感じる。下の写真の楽譜は、生前武満氏が初演を聴くことのなかった作品「スペクトラル・カンティクル」の自筆譜による宇佐美圭司とのコラボレーションである。
スペクトラル・カンティクル

私は武満氏の音楽について多くを知らない。それでも高校生の頃音楽の授業で聴かされた有名な November Steps に驚き、東京にいた頃には彼が主宰していた Music Today に何度か足を運び、TASHI による新作初演などにとても感銘を受けたこともある。
PIANO DISTANCE

私がとても好きな作品のひとつ、ピアノ・ディスタンス。表紙も外れてボロボロになっているが、ヘタな私が自分なりになんとか弾いてみても尋常ではない緊張というのか、強度の感覚に満ちていて、こんな音楽は他にない、と思うのである。

    20:50 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

シューベルトの自筆譜

これはシューベルトのピアノ・ソナタ、いわゆる幻想ソナタの愛称を持つ作品の自筆譜ファクシミリ。もう15年以上前、大英博物館で入手した私のお宝のひとつである。
自筆譜最終部

今回はおそらくピアノを弾かれる方、それもシューベルトをお好きな方にしか興味の無いはずの、しかも重箱の隅をつつくような話題ですので、もし興味をお持ちの方があれば続きを読む、からお進みください。
    18:47 | Trackback : 0 | Comment : 4 | Top
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Author:ひろオジィ

石垣島のひろオジィ 
オジィと称しているがおじいさんではなくおじさん。

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