Atelier de オジィ

ひろオジィの作業小屋雑記帖 

わたしは亀になりたい

昨日は第7回石垣島マラソン。今年は新年から私的にいろいろあったので年明け以降殆ど走っておらず、1週間前までは走らないかもしれない、という気分だった。しかしカミさんが数年ぶりにマラソンに復活(10kmだけど)することにしたのでボクは出ないよ、ともいえず、やっぱり走ることにした。

気分的にもマトモには走れないだろうと思った私は心理的な逃避行動としてであろうか、初めての「着ぐるみ作戦」を思いついたが、縫い物はできないし、せめて何か頭にのっけるか、背中にくっつけるか、と思案した。

最終プランは、多少自虐的?かもしれませんが、ぬいぐるみのカメを背中につけて、Tシャツに「わたしは亀になりたい」(いうまでもなくナカイ君の映画タイトルのもじり)と書き、さらにカメの下にはカワイく「お先にどうぞ」とリボンをつける、というものだった。

面倒くさくなって実行しませんでした。それにカメのぬいぐるみを探した(本当にお店でさがした笑)が、こちら石垣のお店には「ウミガメ」しかなく、陸カメのものがなかった。

下の写真は、大昔CHISEさんがウチのカミさんにプレゼントしてくれたカメのキーホルダーである。これには、ドンくさいずんこ(カミさん)もゆっくり着実に走っていこう、そのうちいいことあるかもよ、というやさしいメッセージがこめられておる、らしい。これはさすがに私がフザケて使用するのは憚られた。
かめきちキーホルダー

さて、前置きが長くなったが、そんなわけで出場決意した私が決めたのは4時間LSDでいこう、ということであった。もうここ何年も私のマラソンパターンはキロ5分で行く、ということになっていて、最後までキロ5分で行けたことも2回ほどあるが、最近は30km,35kmでガタ落ち、ということが多い。そこで、今年はハナからタイム更新などを狙っていない状況なのをいい機会として、前半を超おさえて走ってみようということにした。

前半抑えて走る、ということをやったことがないので、抑えて走ったところで30km以降さらにタイムが落ちたりしたら悲しすぎる、と不安もあったし、37.5km地点でかつてのようにCHISEさんに抜かれるのもちょっとクヤシイ?と思ったが、今回はともかくこれで行こう、と決めた(のは前日の夜)。

昨日は朝13度で、気温は殆ど上がらず寒い一日だったが、風はおさまって曇天、マラソンには絶好の天気だった。スタートから3kmまではキロ6分、その後5分30秒から40秒で走った。ペースが早まりそうになるのをかなり必死で抑えて走った感じ。20kmあたりではこのペースにしては思ったよりキツい感じになり、かなり不安になる。30kmを越えたあたりで、NAHAマラソンで突然襲われた腰痛の記憶がかすめるが、さすがに今回は大丈夫そう。32kmであと10km、の大きなカンバンを見たときに、このペースで行けばちょうど4時間だな、と思ったと同時に、このあとペースは落ちないだろう、と理由もなく確信。35km過ぎてからは腕時計も見ないで(キロあたりのペースを気にしないで)走った。徐々にペースが上がっている気がした。結局残り7kmはキロ5分で走った。やればできるじゃん(意味不明?)

タイムだけをみれば先日のNAHAとほぼ同じであった。これにはなんだかフクザツな心境だが、マラソンをマトモに走った、という実感は今回の方が格段に上のような気もするのである。
今回は最後はキロ5分を切るペースになり、かつゴール直後もまだまだ走れます、って感じだったので、もう少し前からペースを上げることもできたのであろう。また前半を抑えることで後半がこんなに楽(ってことはないが、NAHAよりも、ということで)になるものかと、いろいろお勉強にもなりました。

さて、走った後はすぐに家に戻ってシャワーを浴びた後、初めて陸上競技場横にある室内練習場での「交流パーティー」会場にカミさんと向かいました。
CHISEさんたちがすっかり盛り上がっていたので、同席させていただきました。
私が撮った写真なので、私は入ってませんが・・・
マラソン交流会会場にて
ほぼ中央前列にCHISEさんと年代別(何年代かは書きませんね!)1位になったNさん、Nさんのうしろの女性はハーフの部女子優勝(1h25m)竹富町のKさん。ちなみにフルの部1位女子は北海道千歳からの宮田選手。サブスリーでございました恐れ入ります。なんか女子、すごいですね。
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雑記帳~TAKE THE A TRAIN (A列車で行こう)

NAHAマラソン沿道では沖縄モノ(太鼓とか)生演奏も楽しめるが、学生の吹奏楽部やロックバンドなども何箇所かで応援・演奏している。特にシロウトっぽい即席バンドには(応援はとっても感謝してますが)オイオイ、ってくらいヘタなバンドもいてほとんど閉口する(こともたまにある)。

一昨年の11月、沖縄本島南部で開催された「尚巴志ハーフマラソン」を走ったときのこと、コース途中でメチャクチャに上手いジャズが聴こえてきた。沿道の応援にジャズのトリオとは珍しいね、と思ったが、とにかく音の輝きがまるっきり違う。ピアニストが弾いているのはヤマハのキーボードで、アコースティックなピアノではない。にもかかわらずタダモノではない響きである。

その後すっかり忘れていたが、しばらく後のNHKローカルニュースでそれが「屋良文雄」さん(ジャズピアニスト)のトリオだったことを知った。尚巴志ハーフマラソン毎年沿道で演奏されているそうだ。

沖縄、といえば(沖縄民謡や芸能の世界を別にして)ロック、ジャズにも独特の系譜がある、といえるだろう。私は全然詳しくないのでその辺の詳細は書けませんが、ともかく意外にもジャズが好きな人は私の周囲にも多かった(沖縄本島にいた頃の話)。
沖縄にはビッグバンド(ジャズオーケストラ)もあるそうで、先日もニュースで紹介されていた。本日の記事タイトルは、そのときに演奏された曲目のひとつである・・・が、NHKアナがクソまじめに「A列車でいこう、を沖縄風にアレンジした「ゆいレールで行こう」などが演奏されました」と言ってたので笑った。
このとき思いだしたことだが、10年前くらいか?以前東京近郊の地下鉄だか都電だかで車掌の仕事をしていた人に聞いた話。仕事中にある車両にオカマ系?の方が集団で遠足にでも行くのか、大挙して乗ってこられ、その一両だけが異様なムード&喧噪に包まれたことがあったそうである。そのとき私は「それって TAKE THE gAy TRAIN (ゲイ列車で行こう)だな」などと言ったら結構ウケた。

今日こんな駄文をダラダラ書いているのは、本棚で探し物していたら隅っこの「ほとんど聴かないCD」コーナーにあった、とあるジャズのCDをン十年ぶりに取り出して聴いたからである。
クリフォード・ブラウン&マックス・ローチクインテットの Study in Brown (1955)
クリフォード・ブラウンは高校生の頃聞いて結構夢中になった覚えがある。久し振りに聴いても懐メロを聴くような感覚ではなく、そのころも感じていた(気がする)トランペットの輝かしい音にずっと寄り添う悲しみのような孤独な響きが美しい。
「君が若いときには、君の音楽はかなしい」(エリック・サティ)という言葉を何となく思い出した。
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新築祝い

昨日は新築祝いであった。あいさつ中の実家のオヤジ。
おとうあいさつ中
新築なったのはごらんの通り、実家のお墓です。あいさつ中のオヤジの左に座っているのは、オジィではありませんよ!桃林寺の小林和尚です。

もともとジーサンの代からのお墓がありましたが、道路拡張工事に伴い移転することとなり、ちょっと実家からは遠くなりましたが昨日無事に移転を終えました。
今年の十六日祭(旧暦1月16日、本年は2/10)はこの新しいお墓でやることになりますが、これまでと違って近辺がお墓団地みたいになっているので、周囲はすごい賑わいになることでしょう。

オヤジのあいさつ中、隣の(つまりヨソの)お墓敷地内でお菓子を食っているのは姪っ子チールーと長男夫婦の子供です。あいさつ聞いてません・・・
隣のお墓で

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三兄弟走る

昨日の日曜は「第34回八重山毎日駅伝競走大会」だった。石垣市競技場スタート後東回りに島を一周(76.1km)するコース16区を、中学生から50台(男子)までが地区(出身)ごとの19チームが走る。2年連続で優勝している与那国が今年も独走したが、最終ランナーがゴール3km手前で突然脱水症状からか倒れリタイア、2位争いをしていた新栄町が競技場で白保を抜く、という劇的な幕切れで総合初優勝となった。

と、こう書きながら私がレース展開を知ったのは今朝の新聞で、自分が沿路で応援していたわけではない。私は昨日知人のハウス補修工事を依頼され、日が暮れるまで現場にいたのであった。まあ、毎年こんなもんである。

本当は、今年は応援に行きたい気持ちがあった。先日「大嵩さんへの手紙」を書いたが、その大嵩さんちの三人息子が揃って選手として走る予定であったからだ。「新川」チームから、昨年は上の2人が走ったが、末っ子は昨年中学生になり、今回はじめて参加資格を得た。3人とも野球少年で、みんな走るのも好きなようで、もちろん結構速いのである。(父親譲り、だとは当の父親がよく言っていた)
1年前の駅伝の後で大嵩さんと話したとき、「来年はヒロナリ(三男)が中学生だから、選ばれれば兄弟全員出るかもしれん」と楽しみにしていたことを覚えている。

どうするのかな、と少し心配していたが、日曜の朝刊に出てた選手名簿に3人の名前が載っているのを見て「ガンバレよ」とつぶやいて仕事に出かけた。

今朝の新聞に、記事になっていたので朝っぱらから思わず嬉し泣き?してしもうた・・・
新聞記事を撮影したもので見づらいですがぜひごらんください。写真はお父さんの遺影を持って会場入りした大嵩一家です。大嵩さん、みんな頑張って走りました!
駅伝2009新聞記事

    19:42 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

走る私を撮らないで

昨年末の話になりますが、2008年走りおさめ、と称して最後の30km走したときのことです。復路、名蔵湾沿いの道路は右手に静かな名蔵湾、左手には水田地帯が広がる快適な平坦路が続きます。年末の朝なのに意外と車は多く、普通の地元車、レンタカー、そしてこんなに朝早くからどこに行くんですか?みたいな大型観光バスもしばしば通過します。
後方から私を追い越したカビラ観光の大型バスが、私をパスした直後急に速度を緩めて停止しました。トイレ休憩でもあるまいし、どうしたんだ、と思いましたが停止したバスの横をタンタンと走っていく私。なんだか視線を感じるのでバスの横を走りながらチラっとバスを見て思わずゲッ!とつぶやいた。満員のバスの左手車窓から老若男女が(ケイタイの)カメラで私を一斉写撃!なんだなんだ!?でもはずかすぃ~キレイに撮ってね・・・バイキンマンのハンドタオルで額を拭う私。

きっとバスガイドが、「皆様っ!左手の歩道のほうをご覧ください!走っておられるのはアノ八重山商工野球部監督イシミネ様のほうになりま~ッス、あら、お客様お写真撮られます?運転手ぅー!ストップストーップ!!!」なんていっちゃったんだろうな。(そのとき私はホントにこう思いました)

が、私がバス横を通り過ぎてもカメラが追ってこないような気がして淋しさを感じたので、ふと左手を見ると、水田の畔をわたる電線に特別天然記念物カンムリワシ様が止まっとった・・・

あのときの皆さんが撮影されたお写真の多くに、画面下方に私のアタマが写っているであろうと思うとちょっとうれしいです。画像編集ソフトで切ったりボカしたりしないでくださいね。

    07:37 | Trackback : 0 | Comment : 4 | Top

わたしもメセン属

これは何でしょう?オジィの頭皮?違いますよ。だいたい私の頭皮は緑色ではありません。
アイスプラント拡大1
すこし離れてみます。
アイスプラント拡大2
葉っぱにはちがいありませんが、このブツブツが気になります。
ブツブツしたものは「ブラッダー細胞」と呼ばれます。ブラッダー細胞、というとなんかカッコイイ響き?がありますが、ブラッダーはbladder, すなわち膀胱の意味です。塩類などをこの細胞内に隔離する働きを持ちます。塩分の多い環境で育てると、このブツブツが大きくなります。

タネを蒔いてからまだ2か月少々の小さい株ですが、12センチポットで株全体の様子はこんな感じです。葉の表面よりは葉の茎部分の方がブツブツ感がよく見えています。
アイスプラントポット苗

数年前から新しい食材として流通しているので、ちょっと珍しい野菜類を扱うお店でご覧になった方もおられるでしょう、アイスプラントです。ちょっとマニアックな多肉植物好きな方にはおなじみのメセンブリアンテマ属(通常メセン、といいますが)のひとつです。

アイスプラント(学名Mesembryanthemum crystallinum)はこのブラッダー細胞が塩類を蓄積し大きくなることから、変わった食感および薄い塩味のする野菜として特にフランス料理ではすでに以前から使用されているようです。最近は各地でいろいろな呼び名で栽培されていますが、店頭では「雫菜」、「バラフ」「クリスタルリーフ」(バラフ、クリスタルリーフは佐賀県により登録商標)、「プッチーナ」、などなど・・・フランス語は「フィコイドュ・グラシアル」ですので、フランス料理店ではメニューにこう書かれることもあるでしょう。

昨年からは「サカタのタネ」でも苗を注文、入手可能ですし、一部の種苗メーカーでは種も扱っています。寒さにも暑さにも弱いようで、こちらでは10月以降半年くらいしか育てられませんが、今の時期はごらんのようにスクスク葉が伸びています。写真のものは普通の培養土ですので、ブラッダー細胞がほとんど大きくなっていませんが、海水に近い濃度の塩水をかけても大丈夫らしく、若干の塩分を含んだ水を与えるとこのブツブツが大きくなるそうです。もう少し大株になったらやってみます。

ついでながら、アイスプラントには中性脂肪抑制の働きを持つミオイノシトールや血糖値を下げるビニトールなどの成分が含まれており、その機能性の側面(メタボ対策野菜?)もPRされているようです。
    23:18 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

年末に読んだ本

私の農園のパパイヤを本土のお客様へ、それも宅配便として個人のお客様へお送りする場合は、ダンボール箱に新聞紙を敷いたり詰めたりする。これはパパイヤの表面からパパイヤ酵素を含む白い乳液状の汁が出るからである。どうでもいいこと、かも知れないが、物故欄のある紙面は使わないようにしている。だが八重山毎日新聞は通常9面しかなく、うち1面、たまには2面に謹告が掲載されるため、発送には使えないページ比率が多い。そこで実家でとっている「琉球新報」(本社は沖縄本島で、沖縄タイムスと並んで県紙、にあたる)をもらって包装用に使う。もちろんこちらも丸一面にわたって物故欄があるのが普通なので、使用前には一応全面めくって謹告面を切り離してから使っている。時々(しょっちゅう?)気になる記事があるとその場で読んだり、後で読むため切り抜いたりすることもある。
昨年遭遇するたびに読み、切り抜きもしたのは、たまに掲載される(全国のいくつかの新聞に掲載されているはずだが)辺見庸氏の「水の透視画法」だった。内容や語り口は例によって暗く重く、苦虫を噛み潰したかのような表情ではあるが、底のほうから静かに響いてくる何かがいつもあるように感じられる。

自分のことを「プレカリアート」というかつての教え子は、学生時代辺見氏に「もっと怒れ!」と言われ続けていた。しかし今(現在)いったい何に対して怒ればいいんでしょうか?と自問のようにたずねる。
秋葉原の殺人事件などの通り魔的、発作的とも見える犯罪に言及し、何に対して怒ればいいのか、と辺見氏も自問しているように思われる。
例えば秋葉原の事件の時、「犯人は本当に馬鹿な奴だ。世の中が悪い、と責任逃れしやがって。弱い奴だ。」の大合唱のなか、心の底で(自分も紙一重だ)と苦いつぶやきを感じた人も多いのではないかと思う(願う)。凶悪事件を起こすのも紙一重、と言ってるのではない。犯人の行為は許される事ではないが、犯人悪い、で終わってはならない、見えない(見ようともしない)何か恐ろしいものがあることを、うすうす感じているのではないか。

昨年末の「年越し派遣村」テレビ報道は私自身は結構熱い共感を持って見た。仕事(社会とのつながり)を失い、住居(居場所)も失い困窮している人が、ただ「飯が食える」からだけで行ったのではあるまい。そこへ行くのに勇気を振り絞った人は多かったにちがいない。失われた社会とのつながりや、自分の居場所をまた回復しようという希望のようなものを持った人もきっといると思わずにはいられない。
(その後聞いた坂本総務政務官のコメントには思わず開いた口がふさがらなかったが、「貧困問題」に対する認識がかわってきたのはほんの数年前からにすぎず、これもまた紙一重である。)

私が家でノンベンダラリンとテレビのニュースを見ながら、それでも時々ひっかかるものがある。昨年来でいえば、上記の通り魔的な事件や、最大になった死刑執行数。自ら命を絶つ人の増加。死にいたるのは「自己責任」!?
私に「自分も紙一重」と感じさせるのは一体何なんだ。本当におかしいのは何なんだろう。と、一瞬考えはするものの、まったくつかみどころのない問いが漂っているだけである。

こんな私の蒙を啓く、素晴らしい本を読んだ。
反貧困 表紙
湯浅誠「反貧困」岩波新書740円 

教育から、雇用から、家族から、公的福祉から、そして自分自身からの排除、という5重の(見えない)排除構造を丹念に、具体的に明らかにし、本当の問題のありかを直視することへ読者をさそう。貧困問題について書かれた本書は、しかし私が今日書いたような「何かおそろしいもの」を直視する手だてにさえなるような気がする。

年末に偶々入手して読んだが、折しもこの著者である湯浅氏が「年越し派遣村」の現場におられてテレビに写っていたとき、僭越ながら心からエールを送った。
大佛次郎論壇賞や平和・協同ジャーナリスト基金賞を受賞されたそうで、きっと幅広く読まれているのだろうが、ぜひ多くの人に読んでいただきたいと願う。
    13:08 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

大嵩さんへの手紙

敬愛する大嵩(おおたけ)さんが48歳の若さで世を去った。無慈悲な天の配剤、というほかない。
大嵩さんは八重山農林高校、東京農業大学卒業後石垣に戻り、石垣市役所の農政経済課で一貫して石垣の農業振興と農家の支援や指導に尽くされた。私がこの地で曲がりなりにも栽培施設を作り、農業をやっていけるのも大嵩さんのおかげである。

大嵩さんの仕事上の大きな功績や、あるいは社会的な貢献についてはここで私が述べるようなことではあるまい。忘れようもないし、今後その記憶は自分にとってますます大切になってくる筈だと確信しているが、今日は私の個人的な大嵩さんの思い出を記しておきたい。個人的な、大嵩さんへの手紙を書こう。
    13:15 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

Happy new year 2009 & Happy birthday FORTY-?

私の日常生活は正月もなにもあんまり関係ないので、今日も普通にハウスに出かけて仕事です。夕方、カミさんから携帯にメールがあり、今夜は「ウチで誕生日会だから夜8時までには帰れ」・・・誰の誕生日?

はい、どうもすみません、カミさんの誕生日だそうです。
こんな日に生まれたもんだから、子供の頃は正月と一緒で、特別に誕生日をお祝いされることもなかったのであろう、今でも誕生日だからナニ買ってくれー、アレ欲しいー、とかいいません(言われても買えないと思うが)。でも兄弟や姪っ子たちは毎年こうして隣アパートに住む私たちのもとにケーキを持っておしかけてくれる。
BIRTHDAY CAKE 2009
今日は実家の長男(カミさんの弟)は野球関係の集まりで大酒飲み中、従って集合したのは長男嫁マユミとその子供2人(ユメとタイセイ)、妹(リョウコ)とその娘チールーです。写真は女ばっかりですが・・・
UECHI FAMILY 2009 NEW YEAR
実家の長男の息子はすでに食うだけ食って寝てる・・・
TAISEI sleeping

このあと私のピアノ伴奏(笑←でもホントですよ)でみんなでアンヂーことアンジェラ・アキの15の春、じゃなかった、15の君へ、を大合唱しました♪

前後しますが、今朝は6時に起きて初詣に行ってきました。さすが沖縄!2日、ではありますけど、早朝はほとんど人がいませんでした!
相変わらず5円くらいの賽銭で延々お願いするウチのカミさん・・・
five yen prayer

今年も良い年になりますように!

    23:12 | Trackback : 0 | Comment : 2 | Top

実家のブロック塀

年末のある日、夕方家に戻ってきたら隣の(カミさんの)実家玄関横のブロック塀に大きなポスター状のモノが貼られていて、なんだよ見苦しいな勝手に貼りやがって、とよくよく見たらJA石垣牛・・・
石垣牛地域団体商標
実家は一応小規模ながら牛飼ってるし、長男夫婦はJA関係でもあるので納得したが、JA八重山支所の石垣牛担当Kクンが頼み込んできたらしい。でも相当デッカイんですよこれ。しかも紙じゃなくて樹脂製?みたいな立派なものでビスでブロックに頑強に打ち込まれてます。まるで実家が焼肉屋みたいです。

子牛のセリ価格が下落の一途で実家のオヤジもちょっとトホホ状態であるが、「お肉」はますます人気上昇、市内の焼肉屋さんはすごい賑わいです。

さて、最近は「やいま牛」というブランド名をお聞きになった方も多いのではないでしょうか。「石垣牛」は素牛の肥育牛ですが、「やいま牛」は経産牛を一定期間肥育した牛のお肉になります。価格が安く、品質的にもさほど劣るわけではないので、最近はレストランなどでも「やいま牛」を積極的にメニューに加えるお店も増えました。

・・・などと書きながら私は「石垣牛」にも「やいま牛」にもすっかりごぶさたです。あ~たまには美味い焼肉食いてえなぁ~♪


新年あけましておめでとうございます。
皆様にとってよい年でありますように。   2009元旦



    13:08 | Trackback : 0 | Comment : 6 | Top
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Author:ひろオジィ

石垣島のひろオジィ 
オジィと称しているがおじいさんではなくおじさん。

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