FC2ブログ

Atelier de オジィ

ひろオジィの作業小屋雑記帖 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
    --:-- | Top

八重山菊同好会による菊の展示会

本日(28日)と明日の2日間、石垣市の大川公民館を会場に「八重山菊同好会」の会員による菊の展示・即売会が開催されている。毎年年の瀬に合わせて開かれるので、お正月用の飾りに、と鉢を買い求める人も多い。私はこれまで拝見したことがなかったが、今日は郵便局への配達後立ち寄ってみた。

菊展示会会場

大菊にも厚物、管物はじめ、一重の大輪などがある。例えば管物ではその花弁の太さや重ねの度合いがさまざまで、よく見るととても面白い。

大輪菊展示風景

このあたりは大菊、一般的な三段仕立てだが、「福助づくり」などと呼ばれる非常にコンパクトな一本仕立てもある。

福助作りな菊

黄色の厚物。

黄色の厚物菊

細い花弁が美しい、管物。

管物の菊

今日の会場は、どちらかというと伝統的な鉢物の観賞菊だが、切り花の菊は沖縄の花卉園芸の主要作物でもある。本土では暖房費のかかる冬季に、露地物を出荷できるメリットがあるので、特にこれから春のお彼岸にかけては沖縄産の輪菊、小菊が全国に出荷されている。花の価格は下落の一方で、菊も例外ではない。以前に比べると沖縄本島でも電照の風景は少なくなっている。しかし「菊」はそれでも今のところいろいろな場面でなくてはならない花なのだろう、今日の展示会もご年配の方を中心に(失礼)結構な人でにぎわっていた。

ちなみに、会場の菊はこの時期の展示会開催にあわせてそれぞれの愛好家が「電照」栽培しています。
スポンサーサイト
    12:41 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

Illuminations of the Beyond...

沖縄に住んでいると、クリスマスが近いんだなとおもわせるものはホテルの電飾と、大手スーパーや洋菓子屋店頭のケーキ・プレゼント広告くらいのものである。それこそクリスマスの本来の意味をしのばせるものなどどこにもない・・・と、これは本土でも同じか。

本土ではこのデフレ時代のクリスマス・イヴはどんなになってるんだろう。たとえば私が横浜に住んでいた(20年以上前、の話になります)頃はまだバブル末期でしたから、今思い出しても恥ずかしいほどの、無意味な盛り上がりだったものだ。
とはいえ、周囲のヤツらがどいつもこいつも有名ホテルのレストランでディナー、とかいってる頃、私のクリスマス・イヴは「スポーツクラブで思い切り泳ぐ」だった(笑)。←(寂)とか言わないように!
そんな時代でしたから、いつも夜は仕事帰りの人で大混雑しているスポーツクラブは、一年でこの日だけ、異常に空いているのだった!特にエアロビクススタジオなんか!この日にレッスンに来る若い女性など、必ず聞きもしないのに言い訳する。「え~ヤダ今日はホテル混んでるからァ~明日にしたの」とか何とか・・・明日もレッスン来るんだろ君♪・・・
プールも信じられないくらい空いてましたよ。レーンまたぎ放題。でもインストラクター(監視員)まで「Kさんさびしいねえ~」などと話しかけるので「涙でゴーグル曇って前が見えへん(ウッ)」と紋切り型の回答をしておく。

時は過ぎ、いま私は日本の南西端の石垣島に・・・石垣島では個人住宅の派手な電飾も今年は一層話題にならなくなり、例年写真特集を組んでいた地元新聞も今のところないようだ。ホテルの電飾などいよいよ地味で、ブルーと白のLEDっぽい冷たい光は心温まる、という風ではない。

昨日、山口県に住む姉から携帯メールがきた。メリークリスマスのメッセージに添付されていた、教会の画像。これは山口市のサビエル記念聖堂かな?ライトの色は青白だが、やはり教会の建物のかたちがそう思わせるのか、荘厳ではあるがつつましい規模の電飾といった風でとても美しい。

教会のくりすます電飾

本日のタイトル (Illuminations of the Beyond...) は熱心なカトリック信者でもあったフランスの作曲家オリヴィエ・メシアンの晩年の大作 (Eclairs sur l'Au-Dela ... ) メシアンの作品の中でもとりわけ宗教的な内容とタイトルを持つものの一つ。気合入れないと私にはとても聴きとおせない種類の音楽なので、こんな機会に、と思って取り出してみた。




    23:38 | Trackback : 0 | Comment : 2 | Top

砂の中のスフィンクス

ロベルト・シューマンの有名なピアノ曲「謝肉祭」楽譜の第8曲と第9曲の間には、「スフィンクス」という3つの音型が記されており、「これらは演奏する必要なし」との注釈がある。

謝肉祭スフィンクス楽譜

これらは、非常に変化に富んだ小曲が連なるこの曲集を構成する基盤となる音型である。そこで、多くのピアニストの中にはこの部分をわざわざ演奏(録音)する人もいる。比較的新しい録音では、内田光子が低音部のオクターブで非常に深い音色で弾いていたり、ジャン・マルク・ルイサダはなんとピアノの弦をザッと引っ掻いてその後鍵盤全域を使ってこの音を弾いている。ルイサダの録音を聴いたとき、それがまるで砂をサっと吹き飛ばすように、そして砂に埋もれていた暗号(スフィンクス)が黄金色の輝きで垣間見えるような印象で、とてもいいと思った。


年季が入ってガタのきた電気ピアノとはいえ、今でもちょっとした時間があれば弾いてみる。とても人様に聴かせられるような技量は持ち合わせていないし、いつもヘッドホンをつけての巣ごもり(違うか)ピアノであるが、自分で弾くのはもっぱらバッハが殆どである。

ゴルトベルク第4変奏


楽譜はバッハのゴルトベルク変奏曲、その第4変奏。例えばこの部分を弾くと、この世界の、不可視の座標のようなもの、あるいは隠れた秩序(システム)を直観するかのような感覚が通り過ぎる。バッハの曲を好んで弾くのは、私でもゆっくりながらなんとか弾くことが可能な曲(部分)がある、ということもあるが、とりわけフーガやカノンを弾いてみるときの、宇宙の見えない座標みたいなものをそっと見せてくれるようなところがあるから、のような気がする。

世界に、既に書かれ、うたわれ、描かれたものたちは、未だに私たちの周囲に息を潜めて、見出され、読み解かれることを待ち期んでいる。(武満徹)

これは優れた芸術家ならではの、美しい言葉に思える。
    07:48 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

LSD with camera 冬編

NAHAマラソンからあっという間に2週間が過ぎた。ヒネった左足を気遣いながら何度かゆっくりジョグしましたが、どうやら全然たいしたことなかったようで、大丈夫みたいです。ちょっと長距離走ってみよう、と今日は朝イチの仕事を片付けた後、お昼にかけて走ってきました。久しぶりに、あんまり真剣に走らぬよう(?)カメラを持って行きましたので沿道をご紹介します・・・

が・・・残念ながら本土は大雪で大変な中、強い冬型だと南西諸島といえども寒気の影響は免れえません。時折小雨もパラつく北風の強い天気では、南国らしい風景はありません。が、冬は石垣もこうしたもんです。というわけで辛気臭い画像をお楽しみください。これが冬の石垣の風景には違いありません。

今日はバンナ公園から名蔵海岸、ではなく、山岳コース(笑)、おもとトンネル前のサッカーパークあかんま駐車場からスタートしました。トンネルに向かっていくとすぐに谷をわたる大きな橋があります。

おもとトンネル前の橋の上

橋から見下ろすと、公園のような小さな区域があります。ここには滝があって、夏には水遊びをする子供たちも多いです。犬も(散歩で連れてこられて)よく水浴びしています。

橋の上からせせらぎ広場

トンネル入口です。現在トンネルは水漏れ工事中のため、片側交互通行です。

トンネル入り口工事中

トンネル手前で右折します。底原ダムを一望します。

底原ダム一望する

このあたりの道はきちんと舗装され、歩道もありますが、年に1,2回しか草刈りなどの道路整備をしないので、現在は草ボーボーで歩道は意味なし。

意味なし歩道

ダムの横を走ります。ダムに沿って1km少々の直線です。途中、左手を見ると東海岸側になりますが、手前は牧草地とパイン・キビ畑が続く農地が広がります。ほぼ中央地平線上にあるのがカラ岳で、この横に石垣新空港が造成中です。

ダム沿道一直線

ダムから見た農地群

ダムをあとに、すこし南下して東海岸へ抜ける道を走ります。あまり一般的に用がない道なので車はほとんど通りませんが、さすがに最近は、空港工事関係のダンプや、先日操業開始した石垣島製糖工場のキビ運搬車が多くなります。

東に抜ける直線道路

東海岸の道路(島を周回する道路)に出る少し手前で右折、するとこのあたりは水田も多いのですが、古墳のようにも見える小さな丘状の草地があったり、ちょっと変わった風景が面白い地域です。

水田地帯と丘陵状草地

そして、これがカラ岳です。この右端がほとんど海岸沿いになりますが、そのすぐ裏側が派手に削られています。そこの土を空港敷地内に利用しているのでしょうが、それにしても季節になればテッポウユリが咲き乱れるこのカラ岳が、道路から見えない海側からガンガンに削られている図は、穏やかに眺めることはできません。

カラ岳のながめ

海岸道路に出て、べつの道から引き返す予定ですが、せっかくですので新空港の様子をみてみましょう。

既に滑走路の形をしたエリアがはっきりできていますね。滑走路だけ見ると現空港とどんだけ違うんじゃ、くらいで不思議な感じがします。

新空港工事中滑走路予定地

空港に至る道路も、以前の海岸沿いの道から一歩陸側に寄った位置に、既に完成し、通行可能です。来年の石垣島マラソンは(フルマラソンのみ通る)新しい道路を通過することになります。

さて、引き返しましょう。石垣島マラソンのフルのコースと同じになりますが、新しい道から内陸に入っていきます。通称リースン道路、この途中から左手に私の農園(ハウス)が見えるんですが、まあ、どうでもいいか。

リースン道路松の木

そしてまた底原ダムに向かって長い上り坂を走って今日のメニューは終了です。さきほどのダム直線道路の南側、入口両側にシーサーがあります。背中に鳥のフンもついてますが意に介さぬ様子で口をあけておられます。

ダムのシーサー鳥のフンつき

本日は20km少々を、2時間半かけて走りました。天気のせいで写真にブリリアントなものがなくて申し訳ないです。(それにしては枚数多い)
足ですか?どうやらだいじょうぶみたいです。もう足が痛いから今日もLSDなの~,とは言えないようです。明日はスピード練習です。ウソです。

    15:04 | Trackback : 0 | Comment : 2 | Top

志村ふくみ「ちよう、はたり」

石垣市内にある数軒の書店には、ローカル書籍はともかくいわゆる文芸書の類はあまりない。週刊誌や雑誌をほとんど読まない私は書店に行くことも少ないが、半年近く前か、市内の本屋に立ち寄り農文協(なぜかこれは結構在庫あり)のとある新刊が出ているか見に行った。捜していた本は無く、それとなく文庫本コーナーでいくつかの本を手に取ってみたりしていた。

ふと懐かしい名前だな、と思って手にしたのはちくま文庫・志村ふくみさんの「ちよう、はたり」。
志村ふくみさんは1924生まれの染織家で、90年には紬織の染織技術によっていわゆる人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定された有名な方である。しかし私は大変失礼ながら現在もなおお元気だとは知らなかった。

ちよう、はたり文庫本表紙

先立つ83年には「一色一生」というエッセイ集を出版され、それが大佛次郎賞を受賞して話題になった時点でこの方を知ったひとも多いはずだ。私はその一歩前に既に知っていた。染織に興味があった、とかでは全くなく、偶々1981年に岩波書店からシリーズで出された「文化の現在」という叢書の第一巻、「言葉と世界」に大江健三郎氏、武満徹氏、唐十郎氏などとともに「色と糸と織と」(前述の一色一生に収められています)という文章を載せられていたからである。

今回この文庫本で再会するまで、私はさきの「文化の現在」の文章しか知らず、私にはその内容が想像力を刺激する幾多の話題に満ちていたにもかかわらず、どうも文章が装飾過多というのか、唐突に引用される(と感じられた)ノヴァーリスや、色彩について語るときに音楽用語を援用するその表現がどうもコスメティック?なものに思ったりした。

しかし先日本屋でめくったページが偶々「衣鉢ということ」という文章で、白洲正子さんのことを書かれているのだが、その中に、志村さんが文章を書き始めた頃、白洲さんから電話で一言、「文章はね、伝えたいことだけを書けばいいの、装飾はいらない」といわれたという。私はきっと上記の文章のことだろうと思ったりはしたが、それよりも志村さんが白洲さんとの記憶を「衣鉢」という言葉で書かれていることに深く印象付けられ、この本を買った。

私がぼんやり抱いていた、装飾過多な文章、などではなく、染織という仕事を通して、色彩、自然、あるいは人間の隠された真理のようなものへ(ほとんど不可能なことと知りながら)にじり寄っていくかのようである。ノヴァーリスも、ゲーテの色彩論も、シュタイナーも、付け刃的な引用などではなく、色というものの本質に迫っていくときの全くの必然であったことを知った。

この本を読んだ後であらためて「一色一生」を読み直してみると、この頃からずっと同じ思いで染織に取り組まれていたことを、ようやくわかった気がする。比較的最近に書かれた、最新のエッセイ集である「白夜に紡ぐ」では、なんと半分近くが「ドストエフスキー・ノート」である。志村さんが若くして亡くなったお兄様の病床で、兄に求められて読んだドストエフスキーが、今や志村さん本人にとって「人間についての最深の書」としてあり、それはもうほとんどたじろがんばかりの没入ぶりに圧倒される思いがする。

白夜に紡ぐ表紙

これらの本を読むにつけ、近頃は「色」が気になることが多い。先日の記事の菊の花色もそうだが、大相撲をテレビで見れば濃い紫や黒に近い藍色などの廻しの色に思わず見いってしまう。特に「日本の伝統色」については最近いろいろ文献を見たりしているが、このことはまた別の機会に書きたい。

さて、この記事を読んで、もし志村さんの本を読んでみたいと思われた方には私としては最初の画像にもある「ちよう、はたり」をお薦めしておきたい。文庫本(とはいっても900円)だし、装丁や巻頭の数枚の写真も美しい。内容も染織を生業とし始めた時期のことや幼少時の話も非常に興味深いし、染織を通じた自然や色に関する考察は私に多くのことを考えさせる。
例えば、延暦寺宝物殿の「刺衲(しのう)七条袈裟」について書かれた文章には、「それはあまりにも美しいが、美と呼ばれるものではなく、この世に顕現されるおのずからなるものとしかいいようがない」とあるが、(私は見たこともない)この袈裟がひとの内部に呼び覚ますであろう感情が何か言い表しえない色とともに伝わってくるかのようである。

全く余計なことを最後に書いてしまうのは残念だが、この素晴らしい本は「文庫本」化されたときのおきまりなのであろうか、巻末に「解説」というものがつけられている。(本人のあとがき、解説以外の)この手の「解説」は大概感心しないものが多いと思うがそれにしてもこれは最悪の見本である。山口智子という人によって書かれた「解説」は、その内容だけをたどれば(月の周期と自然の営みの関係など)ごもっともであるが、まさに装飾的な文章で、才気あふれる気のきいた文章という人もいようが、自然の・宇宙の隠れたシステムを探し求める、あるいは直感するかのような志村さんの思惟をていねいにたどる文章とはおよそ無縁な、まるで安易なテレビコマーシャルでもみるようだ。この解説はない方がいいと思う。
    22:06 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

クリスマスプレゼントだと思って(業務連絡)

先月本家であります石垣島パパイヤオンラインのサイト(およびこのblog)でご案内した、オジィselect石垣島みやげプレゼントキャンペーンですが、エントリーいただいた皆様にお礼とご報告申し上げます。

4種類のおみやげは価格もほぼ同一で、それぞれに個人的におすすめできるものを選んだつもりでしたが、予想通り某商品(・・・いうまでもなくラー油)にご希望が集中してしまいました。まだ内容を広く知られていない商品を、詳しい説明なく並べてしまったことは、皆様にも、これらの優れた商品を企画・開発・販売されている方にも申し訳なかったとも少々反省しております。一部の商品については今後BLOGでご紹介するつもりです。

ご本人様にはメールにてご連絡しておりますが、県名とイニシャルだけここにご紹介させていただきます。
ペンギン食堂石垣島ラー油 東京都 K様
泡盛 美海 千葉県 H様
石垣島ドレッシング 大阪府 K様

お茶漬けにはエントリーがございませんでした(泣)キャリーオーバー?で次回に・・・いえいえ、食品ですので我が家で年越し茶漬け(?)に使わせていただきます。お許しを・・・
以上、業務連絡でございました。
    23:19 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

花のいろのいろいろ

もう半月以上前のことになるが、たぶん明け方に雨が降っていて毎朝のジョグができなかったためだろう、夜一旦家に戻ってから近所(市街の住宅地)を走った。石垣の市街地は、それでもいくつかの幹線道路(?)を一歩入るとたいへん静かである。思いつくままにそんな通りをゆっくり走っていると、ある家で通夜が営まれており、明日の自宅での告別式に備えて立派な祭壇が準備されていた。自宅での葬儀にしてはずいぶん大がかりな祭壇で、まだお若い方と見える遺影は(こちらでは)見たこともないくらいのたくさんの菊の花で囲まれている。私はその菊の花があまりに白く、水晶のようなので思わず息をのむように立ち止り、非常に不躾ながら少しの間垣根越しに覗き込んでしまった。

「水晶のよう」と書いたが、白い菊には、普通ありがちな黄色っぽさ、あるいは淡いグリーンっぽさ、が全くなく、しかし「純白」というのではない。花弁の白は、中央芯部分に行くにつれて透明になっているかのような感じなのだ。まるで白がその色彩を無くすかのような。夜に、祭壇回りのあかりに照らされ、しかも垣根越しに遠目に見た色であるから、本当のその菊の花色はどうだったのかはわからない。それにしても私が遠目にみたあの色はなんという色(なんという名前の白色?)だったのだろう。

ここ数年記事にしていないが、私がアサガオにひかれるのはまずはその花色である。これはやはり、アサガオが日本でとくに江戸時代を中心に広く趣味家によって栽培され、その色彩(形状)について(すごく大雑把な言い方だが)独特の美意識により育種・保存されてきたからだと思う。鼠色や黒鳩・紅鳩などといったまさに日本の伝統色をもつ花は、全く眺めていて飽きることがない。
菊も、いわゆる和菊はもちろん今回のような冠婚葬祭用の輪菊など、その色彩や花色による佇まいは、日本で育種されてきたもの独特なものがあると感じられる。

さて、下の菊の写真はスプレーマムで、近所のスーパー「かねひで」で売っていたものである。スーパーについでのように設置された切り花売り場に置かれているのは、ほとんど仏壇にお供えできるような小菊やその添え葉だったりするが、まあこれはちょっと洋風で、仏壇にも使えるし居間に挿しておくにも使えそうな汎用菊(?)か。

かねひでで買ったスプレーマム

スプレーマムは、今でこそどこにでも見られるがそんなに歴史の古いものではなく、オリジナルは洋菊で、それを日本で育種、品種改良したものである。なるほど「仏花」のイメージではなく、アスターなんかに近い感じ。この写真も、明るい黄色と濃いえんじ色がなかなか可愛いと思うが、しみじみ眺めて物思いにふけるような色彩、ではないかもしれない。
    23:24 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

なんばしよーと?(何してるの)

何度か書いたかと思うが、私はテレビは自らすすんで見ることは少ないし、地上デジタル化で来年はウチのテレビみれなくなるんだななどとノンキにしているが、それにしてはBLOG記事にテレビの話もしばしば出てくるので結構見てんじゃん、といわれそうである。
これまた以前書いたように、カミさんはテレビっ子(?)というのか、例えば無音状態で食事をするのは耐えられないようで必ずテレビをつけるのである。今ではすっかり私も、ニュースとか、ためしてガッテンとか(←今思い浮かんだだけで特に意味なし)、テレビをなんとなく見ながら食事をするようになってしまった。

それでも基本的に「ドラマ」は私には耐えられないことが多く、うつむいて黙々と飯を食っている変なおじさんになってしまうのでカミさんもどうやらドラマには(私といるときには)チャンネルをあわせないようにしてくれる(?)ようだ。
しかし予告編とか、どこで話題になってるのか知らんが、ちょっと見たいなぁ、というのが時々あるようで、昨夜は食事開始早々に「福岡発地域ドラマ 母(かか)さんへ」(NHK)を見てる。

舞台は福岡県の(八女茶で有名な)黒木町で、小学校の臨時教員の女性が主人公(なのかな?)母親とのすれ違いで心を閉ざした山村留学生の女の子(アヤ)とその母親、そして教師(もちろん周囲の人たち、子供たち)の話なんだが、それがこの地域での伝統である人形浄瑠璃公演への取り組みを通じて描かれる。

私はとりあえずテレビドラマとなると見ないフリ(?)して無関心なんだが、昨夜はとーっても気になるのだった。それは多くの会話が「博多弁」(正確には「博多弁」とは違うのだろうが、福岡弁、というのも変なのでこう書いておこう)だったからである。

私は大学時代に福岡に住んでいただけだが、なぜか今でも「博多弁」には強く心をうごかされるのである。なんでか良くわからんが、「~~?」(使用例:本日のタイトルなんばしよーと?)ってーのを耳にしただけで、オッ!?って感じなんですよ。

昨日もドラマの筋書き自体に感動した、ということでは別段なくて(失礼)、特に子供たち同士の博多弁でのちょっとした会話などがすごく胸にこたえる。ラストシーン近く、公演を観に来るはずの母が見えず沈んでしまうアヤのまわりで、しかし進行する人形浄瑠璃と子供たちによる「あいとうて、あいとうて」という語りの部分でついに私はブワーっと涙が出てきた。カミさんはなんでここで泣いてんの、とアキれてティッシュをくれたが、私としてはドラマの最初っからもうすっかり博多弁に感情のタガを外されていたようなものである。

博多に特別な記憶がそんなにあるということでもあるまいし(博多は今でも大好きな場所である)博多弁になんでこう心を動かされるのかはよくわからないが不思議なことである。

さて、この番組はもともと地域制作ドラマで(たぶん)昨日は西日本地域だけ(九州・沖縄か?)の放送だったと思うが、全国に再放送されるそうです。来年2/11(祝)PM4:45から。
博多弁にわけもなく心うごかされる人(きっといるでしょう)、是非ご覧ください。
    13:29 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

エーグァーのマース煮

今日の昼飯おかずはエーグァーのマース煮。昨夜の残りなのでグチャグチャになってますが、頭部と胴体部分の一部です。

エーグァーのマース煮

エーグァーは沖縄方言名だが、アイゴの仲間をさす。アイゴも、ヒメアイゴ、サンゴアイゴ、アミアイゴ、シモフリアイゴ、ハナアイゴなどなど種類が多い。これらはやや小型(25cmくらいが平均かな?)だが、アイゴと名のつくものでもゴマアイゴは40cmを超え、こちらはカーエーとよばれて市場価値がさらに高い魚である。

今日のエーグァーは実家の隣アパートに住む釣り好きKさんの昨日の釣果おすそわけである。昨夜速攻マース煮にしていただいた。
マース煮は、塩煮の意味で、特にエーグァーといえばマース煮、というくらいお馴染みの代表的な沖縄魚料理。
塩だけで煮るからマース煮で、白身の魚の美味しさが十全にひきだされるといって良いだろう。もっともエーグァーは独特のクセがあるので、ショウガを入れて煮つけたりすることも多い。今回はショウガでなくネギをたくさん入れている。青い葉は出来上がり直前にいれたほうれんそう。

写真のお皿はやや大きめなのだが、それに一尾のせきれないほどでしかも肉厚であった。エーグァーにしてはかなりの大物だったはずで、今度Kさんに会ったら「大きかったね~あんな大きいエーグァー見たことない」とホメちぎってあげなくては。(またいただけるかも笑)
    12:03 | Trackback : 0 | Comment : 2 | Top

今夜はカレーよ♪(ベタ過ぎ)

グルメネタではありませんよ、昨日記事の続きです。

以前はサブグラウンド内に一般向けテントがあり、手荷物を置いておく場所があったが、数年前から本土からのツアーなどの専用テントの他には一般の荷物預かり所はなくなった(はず)。よって地元のランナーは家族や知人に預けるか、そうでなければ競技場横の公園内各所に放置するしかない。私は毎年公園内のフェンスにくくりつけておく。

ゴールしたあと、まずはそこで着替えるんだが、横におひとりで参加された模様の中年男性が、やはり同様にフェンスにくくりつけておいたのであろう荷物をまとめて座っておられた。挨拶をしてなんとなく言葉を交わしていたが、見かけも表情も50代半ばくらいと思ったその方は既に年齢60過ぎで、3時間半をなんとか切ったとのこと。本土からの方で、NAHAは3年前からだそうである。

私はまあ、いってみればただのファンランナーなのではあるが、とりあえずフルマラソンは3時間半くらいで走りたいという気持ちがある。キロ5分で最後まで、ですね。今回のは不慮(不注意?)のトラブルがあったにせよ、キロ5分でマラソンを完走することは、しかしながら年々難しくなっていると実感している。

(自分の感覚に)正直に考えてみると、私の場合3年前くらい(48歳頃)から筋力が急激に下降線をたどっているという気がする。私はウェイトトレーニングも少しはやりますが、この場合その感覚は顕著である。何が違うって、ウェイトトレーニングをやった後(直後、というより、翌日)の筋肉の張り、みたいなものが全然無くなってきているのである。それは体を動かす時の感覚でいえば、柔軟性というか、バネみたいなものがなくなってきているといったらいいのかな?(私は体は柔らかいほうで、例えば前屈なんかベッタリ二つ折りになるので人々は意外な顔をする。これとは別な意味での柔軟性が問題。)

毎年同じような走行距離は踏んでいる(私はせいぜい200km/月)んだが、走る時のスピードは落ちているはず。バンナ公園一周はアップダウンが激しいのでキロ5分(一周40分)は結構必死にならないとなんだが、5年くらい前はだいたい走る時は40分目標に走っていたが、最近はよっぽど気合を入れないと無理!油断するとすぐ45分になってる・・・
というわけで同じ練習量・内容を何年も続けながら、加齢による筋力の衰えを近年のレース結果がまさに証明してるってことでしょう。

一般的に50代で3時間半を切る市民ランナーはかなり少なくなるのではと想像していたが、昨日の新聞の速報リストを眺めてついつい勘定してしまった。サブ3はとりあえず除外して、3時間半以内でゴールする人の年齢別構成比。
最初は3:00-3:15,3:16-3:30に分けて数えたが、意外にほぼ同じだったので3:00以降の400人(3:23まで)についての比率はこんな風でした。
60代  2%
50代 14%
40代 36%
30代 31%
20代 17%
50代激減ともみえるし、50代意外に多いなーとも感じるが母集団の比率がわからないからこの数字を分析してもしょうがないか。しかし50代ランナーの数は40代より大幅に少ないとは考えられず、やはりこのタイム(3時間前半)を達成するのは50代以上にとってかなり努力&工夫がいることは想像できる。

また、上記から除外したサブスリーランナーには50代ただ1名、60代はおられませんでした。

話は戻るが、ゴール後話したその60代ランナー氏は、3時間30分以内をキープすることが一つの目標のようでもあるようだった。年間の走行距離はやはり毎年増えているそうだが、それでもMAX300km/月とのことだから、私みたいにただ走ってるんではないことは明らかだ。短い時間の会話だったが、何より私が素晴らしいと思ったのは、練習も含め走ることを楽しいこと、面白いこととして生き生きと話された、その表情であった。走ることが日々の暮らしのひとつの伴侶とでもいうのか、こんな方を見ると自分もいつまでも元気で走っていたいという気持ちになる。

ところでボクは70歳まではマラソン走るつもりです(笑)。その前に、50代のうちは3時間30分を基本タイム(?)に考えたい、と51歳の今言っておきます。しかしねー、周囲の同年代よりは遅いが最近いきなり老眼っぽくなって発送伝票書くのがヒジョーに難儀なんですよ・・・これも数年前には思いもよらなかったことですが急激な変化ではあり、エイジングのステップは徐々にというよりは大きな階段状にガタンガタン!ってなもんかも知れませんね。うーん来年の今頃何て言ってるかな!?
    19:18 | Trackback : 0 | Comment : 2 | Top

第25回NAHAマラソン顛末記

やっぱり書かなきゃいけないんだろうな・・・(笑)とりあえず完走メダルお見せしましょうね・・・

25回NAHAマラソン完走メダル

ご覧のように、琉球ガラスのメダルだが、毎年ブルーやグリーンなのに今年は無色透明、ビンの底みたい。あちこちで「記念大会なのに地味だねぇー」の声が聞こえたが、私は琉球ガラスのオリジナルって感じで好きだ。

25回記念、といったって、これといって特別なことは何もありませんでした。運営側からすると、(申し込み数ではなく)出走ランナー数が初めて3万人を超えた、のだそうです。御苦労さまでした。

さて、私は実は前日仕事中にちょっと失敗して(委託されていた某所の農業ハウス解体中、老朽化したパイプに気付かずハウス屋根部分から転落した)右足を傷める、という信じがたい事態となりました。普段はレース前日にはやらない種類の仕事ですが、スケジュール的にやらざるを得ず、しかも前代未聞のズリ落ち足ヒネリ・・・その瞬間の私のお先真っ暗感をどーかご想像ください。

ただハウス屋根部分といっても2m少々の小型ハウスで、しかも地面は割合柔らかめの土壌丸出しでしたので、大事には至りませんでした。ともかく軽い捻挫、ではあります。

これが出発前日だったらとりあえず病院で診察、したかもしれませんが、当日のことで、しかも早割チケットですから、とりあえず行く!と那覇行の飛行機に乗ったのが夕方、すぐにゼッケン交付会場に直行し、エントリーを終えてホテルに向かう途中、スタート地点からすぐの陸橋でおもわずボーゼンと立ち止った。写真なんか撮っている私。この右側車線を明日の朝は走っているハズだ・・・

25回NAHAマラソン旭橋から夜景

天気予報は晴れ、しかし雲が多く気温はやや低めで良いコンディション。意外と熟睡して気分は悪くない。まあビッコをひくようでもないし、大丈夫だろうということで、ただ例年キロ5分で行けるところまで行くというペースですが今回はさすがに無理だと観念し、キロ5分30秒をキープしようと決めた。それで30km、35kmで余力があればペースアップするつもりであった。

中間地点まではペース的には5分30秒で行って、苦しさはないんだが、たぶん右足をかばう変な走りになっていたのだろう、ナゼか左足の足底筋が痛くなり、中間地点を過ぎて痛みが増してくる。このあと30kmまで若干ペースが落ちる。その後は痛みはややなくなったし、スタミナ的にはまだ余力があるようだったがペースをあげることがどうにもできない。

帰りの飛行機の時間があるので4時間以内にはゴールしなくてはならない、ということで、残りはまた5分30秒でトコトコ走ってギリギリ3時間台でたどり着いた。応援に来てくれた親戚のおじさんがオリオン両手に(一度に2杯、ということです)待っていてくれた。なんだか30km以降のこと、よく覚えてないです。あわててビールいただいて、じきにモノレールに乗り、モノレールからまだまだ続くランナーの列を眺めつつ帰路につきました。

一旦農園に行き、帰り道のバンナ公園展望台から夕べとは打って変わった静かな日没を眺める。

25回NAHAマラソンから帰って展望台

私の顛末はこんなところですが、ゴール直後、近くにいらした60代の本土から参加のランナー氏(3時間30分)としばらく話しました。加齢との戦い?についてもちょっと考えた結構楽しいひとときでした。この話はまた明日か明後日か・・・
    19:45 | Trackback : 0 | Comment : 8 | Top

畑の間に突っ立っているコンクリート

以前ご紹介した、現在工事中の新石垣空港、航空機進入の誘導灯基礎(っていうのか?)が足場やネット類がはずされて姿を見せた。ごらんのように周りは農地で、ここは耕運したばかりのキビ畑。

誘導灯横並び

エラく暗い写真ですけど、今日の石垣は本当にこんなんです。もう寒くて寒くて・・・気温20度・・・たまにパラパラと冷たいにわか雨が降ります。

誘導灯タテ並び

トーゼンながらただのコンクリート塊、です。相当な高さがありますが、実際に誘導灯設置の際はどうするんでしょうね?外周はコンクリート打ちっ放し壁のようですが、内側に階段があるのかなー?ハシゴとか?

誘導灯手前アップ

暗い空の下だと既に廃墟の遺物みたいにも見えますが、よく晴れた日にもまた、意味不明な輝く白い柱、って感じでなかなか不思議な光景ではあります。
    23:33 | Trackback : 0 | Comment : 2 | Top
プロフィール

ひろオジィ

Author:ひろオジィ

石垣島のひろオジィ 
オジィと称しているがおじいさんではなくおじさん。

最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。