Atelier de オジィ

ひろオジィの作業小屋雑記帖 

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Ich hab’ im Traum geweinet (夢で私は泣いた)

何週間か前にみた夢の話である。

いつもと同じようにテーブルでカミさんと二人晩飯を食べている。私は「あと2日か」と思う。私は2日後には死んでしまうことになっている。それは私には予め告げられているがカミさんは知らない。しかし自分はすでにそれを完全に覚悟していて、2日後に死ぬことに関して何の焦燥や恐怖も感じていない。

食事を終えて、さっそくカミさんは立ち上がって食器を片付け始める。台所の流しまで数回往復して僕の前にはビールのグラスが残るのみ。ふと食器を持って流しに向かうカミさんの横顔を見ると、2日後に僕が死んだそのあとは一人で晩飯を食べて一人で食器を片づけるのか、と思い、その姿を想像すると僕はいきなり嗚咽するように泣き始める。ただカミさんのその様子があまりにもかわいそうだったからで、決して自分が死ぬことに対して悲しくなったのではない。

泣き始めてから(夢の記憶では)すでに場面はウチの居間ではない。ただ泣きながら「2日後に死ぬのはあんまりカミさんがかわいそうだからなんとかなりませんか」とひたすら(誰かに)祈っている。夢には神様も仏様も出てこなかったが、ともかく必死の訴えが聞き入れられたとみえて、僕は60歳まで生きてよいことになった。安堵してまたも涙があふれてくるところで一瞬目が覚めたが、2日後に死ななくてもよいことになったのでその後安心して眠りについたようである。

・・・

夢の中で、僕が2日後の死に対して焦りも恐れもなかったことについては、今はいくらか納得できるのである。例えば2年前だったら決して納得できなかったろうし、このような夢も見なかった筈である。現在特に病気を抱えているわけでもなく、命の危険にさらされるような環境で生きているわけでもないが、まだ遠いかもしれないがすぐそばに寄り添っているかも知れない「死」への触感というか、身体的な感覚みたいなこととして気付かないわけにはいかなくなっているというのが最近の「感じ」だろうか。

これはどうも去年くらいからちょっと変わってきた「感じ」なのである。たぶん以前よりはより「死」を近しく感じることが多いのであろうか。こう書くと諦念じみて響くかもしれないが、いつまでも元気で暮らしていける訳ではないという当たり前な(自然な)ことを感覚的に少しずつ受け入れているところがあるような気がする。

昨年の大震災、それに先立つ(自分にはさらに身近ともいえる)口蹄疫という大規模な災害は直接的な被害を蒙らなかった人々にも多くの影響を与え続けていると思うが、それぞれの災害地域から遠く離れた私にもきっとあるだろう。しかし「震災以降」の(自分の)変化、などというのは軽率な気がする。
今日書いたようなちょっとした感覚の変化を先日知人に話したら、that's 更年期障害 と片づけられた。そういわれたからってもちろん腹も立たない。そういうもんかもしれない。

ついでながら記すと、この夢をみた2日後(すなわち死ぬことになっていた日)は車の運転とか非常に慎重に過ごしました笑
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