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Atelier de オジィ

ひろオジィの作業小屋雑記帖 

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遠ざかる兄弟船

来る12月5日、石垣市民会館にあの鳥羽一郎さんがやってくる。

鳥羽一郎コンサート案内


新聞の小さな広告を撮影したのでせっかくのポスターも残念な画像になってしまったが、「チケット取り扱い店」部分を見ておもわずのけぞる。筆頭が「八重山漁業協同組合」ですよ!さすがウミンチュのアイドル鳥羽一郎!(その少し後にウチのカミさんが勤める弁当屋「おべんと倶楽部」が名を連ねているのも笑える。まあちゃんとした理由があるんですけどここでは記しません)

私がケッコンした年、だからもう10年以上前のことだが、カミさんと小浜島の「はいむるぶし」に行ったことがある。宿泊とセットになったディナーをサッサと食ってしまった後、小浜の(ウミンチュ部落の細崎)知人をホテルに招待?してカラオケ大会となった。

するとウミンチュのヒコちゃんとセイちゃんの2人が競って鳥羽一郎を次々いれるものだから面食らった。え?また鳥羽?これはさっきセイちゃんがうたったぢゃない?こんどはヒコちゃん!?

てな具合で、1曲おきに各ウミンチュの奥様の女っぽい演歌とかも入るんだけど、とにかく男は鳥羽!!

なかでもヒコちゃんの「兄弟船」は鬼気迫るものがあった。
ヒコちゃんは兄貴(も漁師)を海で亡くしていることは聞いていた(私は会ったことがない)。しかしときおり昔からのお客さんを交えての飲みの席でお兄さんの話題になると、全然乗ってこないし黙って席をはずすこともあって、胸中複雑な思いを持つと察したがモチロンこのあたりは深入りしない。
それが、いくらカラオケに過ぎないとはいえ、「俺と兄貴のヨ~夢の揺り籠さ~」絶唱ですからね。

しばらく前に鳥羽一郎コンサートの企画を聞いたとき、細崎のひとたちもきっと来たいだろうな、体調があまりよろしくないけどヒコちゃん聞きにこれるかな~?と思っていた。コンサート後、島へ帰るためにフェリーの臨時便出してくれるようお願いできないかねー、などと全く余計なお世話みたいなことも考えたくらい。

そうするうち、思いもよらぬ突然の訃報が携帯に届いた。昨日は告別式。祭壇のヒコちゃんの写真は、私の知らない若いころのものだろうか、まるで海で潮風に吹かれているような眩しい写真だった。

その後小雨と強風の中バイクで農園に向かう。ところどころ強く降っているのか、雨が簾のようになっているのが見える。突然ヒコちゃんの絶唱を思い出す。

気持ちが急に雨の時化た海のようになる。
荒れた波間を、ヒコちゃんがひとり乗った小さな船が、彼方へ遠ざかる。そのはるか向こうにはお兄さんの船も沖に向かって小さな点のように見え隠れする。

兄弟船は 真冬の海へ
雪の簾を くぐって進む


    14:11 | Trackback : 0 | Comment : 4 | Top
Comment
2014.11.20 Thu 21:16  |  CHISE #-
小浜の伝説の人がまた一人。。。お悔やみ申し上げます。
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2014.11.20 Thu 21:47  |  オジィ #-
CHISE様
八重山のウミンチュは漁の方法にもよるけどやはり(仕事で)体に負担をかけすぎてきた人が多いと思いますねー。昔のアギヤーとか潜り系は。ヒコちゃんの場合それに上乗せして暴飲だったから・・・
CHISEさんとダンナ様もとりあえず暴飲には注意しましょうね笑
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2014.12.12 Fri 13:55  |  藤代 #-
私は千葉県在住の53歳のおっさんです。ネットを検索してたらヒコちゃんの記事を拝見したのでコメントをしました。
私はダイビングで小浜島に初めて行ったのが1982年でした。以来毎年数回行くもので、はいむるぶしのサトウさんというガイドに紹介してもらいヒコちゃんにお世話になりました。最後に行ったのは1988年9月でした。その時はノグチさんがガイドでした。
ネットが普及してダイビングサービス比嘉がヒットしないので廃業したのかなとは思っていましたが、ヒコちゃんが亡くなったとはびっくりです。懐かしいです。「さつき」でしたっけ?船の名前、ヒコちゃんが作った「ヒコそば」はちょっと辛めで最高でした。
ダイビングサービス比嘉のTシャツは今でも大切に保管してあります。ヒコちゃんのご冥福を遠く千葉県からお祈りします。
はじめまして  [URL] [Edit]
2014.12.12 Fri 21:45  |  オジィ #-
藤代様
1988年に最後とのことで、ダイビングサービスとしては全盛期の頃でしょうか、ヒコさんもずいぶん若かったことでしょうね笑 その頃の大きなダイビングボートはさつきⅡ世号でしたか、私がよく通っていた頃(2000年前後)も健在でした。
機会がありましたらぜひまた小浜にいらしてください。ノグチさんは今もガイドで活躍されていますし、きっと懐かしいお顔に会えるのではないでしょうか。
最後に、思いもよらぬかつての比嘉のお客様からこのようにメッセージをいただき、とても嬉しく思いました。私も近いうちに一度小浜までお墓参りに行くつもりですが、ヒコさんのお母さん(今もお元気ですよ!)にもお伝えします。どうもありがとうございました。

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